④『淀殿主催・百人一首大会〜しのぶれど 色に出にけり 我が恋は〜』
「桜音、凄いじゃない!」
「桜音ちゃん、このまま頑張ってね!」
「どうしよう……まさか本当に勝ち残るなんて……」
驚くことに、桜音は決勝まで残ってしまった。特訓の成果と言えばそうなのだが、最後の対戦相手は伊茶の侍女・梅である。梅はどうやら大変な実力者のようで、あっという間に25枚の札を取ってしまっているらしい。
「桜音殿、次は決勝ですね」
「水様!」
「お千代殿、お疲れ様でした」
水が、笑顔でそばにやって来た。他の侍女たちが羨ましそうにこちらを見てくるが、水はお構いなしのようだ。
「お手付きも一回だけでしたし」
「もうっ、数えないでくださいよっ」
「桜音様」
そこに割り込んできたのは、梅だ。梅は水にも挨拶をする。水は「どうも」とだけ答えた。そのあと、梅は桜音を上から下まで見た。
「……桜音様も、その色を選んだんですね」
「え?」
「恋の歌は、絶対に渡しません」
「……」
梅はそう言って、桜音たちに背を向けた。これは、宣戦布告か。そうか、あの梅という侍女ーー。もしかしてと思っていたが、自分と同じように水を想っているに違いない。水はきっと気付いてないのだろうけれど……。
「……桜音殿、あの梅殿と何かあるんですか?」
「いえ、そういうのではないですが」
誰のせいだと思って……と毒付きながらも、それを言うことはできない。水は「ふうん」と腑に落ちていないように曖昧に相槌を打った。水は励ましのつもりなのか、にこりと笑って桜音の着物に軽く触れて言う。
「その色、よくお似合いですよ。自信を持って」
「はい……」
「水、油を売ってないで、そろそろ戻れ」
「はい、甲斐姫様」
甲斐姫が水を呼び、皆が席に着いた。
桜音は、正面に水を置いて梅と向き合った。梅は桜音と同じ色の着物だ。
『……桜音様も、その色を選んだんですね』
桜音は、そんな気持ちでこの色を選んだ訳ではない。でも梅は、意図的に選んだ。梅は、鋭い視線で桜音を見てくる。これは、茶々たちの暇つぶしではない。この決勝戦は、梅との、恋の勝負だ。絶対に負けられない。
「茶々さま、始めてもよろしいですか」
「そうじゃな。……これは面白くなりそうじゃ」
水が茶々に声を掛け、勝負の合図がでた。水は序歌を口にする。相変わらず艶のある声だ。
「“難波津に 咲くやこの花 冬ごもり”ーー」
桜音は、水に教えてもらったようにお腹にグッと力を入れて、体制を低くする。ふと目の前を見れば、梅と視線がぶつかった。まるで戦へ向かう武士のような瞳に貫かれそうになった。
「“今を春べと 咲くやこの花”」
この勝負、絶対に、負けない!
「“うらみわび”ーー」
パシッ。
速い。梅の手が決まり字で伸びてきた。動揺はしてはいけない。そのために、この色の着物を着たのだから。
「“玉の緒よ”ーー」
パシッ。
強い。桜音の手は床についたままだったのに対し、梅は決まり字「たま」の時点で指先が札に触れていた。
『どうせなら、私の詠みで、札を取って欲しいですから。ね』
桜音は水が言ってくれた言葉を思い出した。大丈夫、水にしっかり稽古をしてもらったのだから。その通りにやれば、きっとなんとかなる。桜音は深呼吸をした。
「“たかさごの”ーー」
パシッ。
よし、取れた……!
桜音は水の顔を見たかった。だが、今見てしまうと、集中が切れてしまうような気がした。桜音は目の前の札、そして水の声に意識を結集させた。
桜音と梅の勝負は接戦を極めていた。途中、梅が7枚も先取りしていた。桜音も負けじと追いついて、今に至る。現時点で、双方が23枚の札を手にした。残り二枚を取ったほうが勝ちだ。幸いなことに、得意札に決めている二枚はまだ詠まれていない。残りの二枚、先に手にしてみせる。
「“いにしえの”ーー」
「はいっ!」
先にとったのは桜音だ。24枚目。あと一枚で勝てる。
水の歌が読み終わるまで、桜音はチラッと梅を見た。梅の集中力は凄い。札を取られても動揺を一切見せない。桜音は、札に視線を戻した。
水が詠み札を手に取った。水が、息を吸って、呼吸を止めたのが分かった。
きっと、水のその微妙な変化に気付いたのは自分だけだと思う。ここ毎日、歌を詠む水の声を聞いているからこそ分かる。次にくるのはーー。
「“しの”ーー」
桜音は瞬間に手を伸ばした。梅もまっすぐ手を伸ばしてくる。同時に、桜音は水を思った。
水の声が、いつもより低い。桜音の鼓膜にそれが響き渡る。いっそう艶を感じる声色。ああ、いったいどんな表情で、どんな気持ちでそれを詠んでいるのだろうーー桜音と水の視線が、一瞬だけ絡み合ったーー。
しのぶれど 色に出でにけり 我が恋は
物や思ふと 人のとふまで
パシッ!
部屋が静まりかえる。札を取ったのはーー。
「まだ、終わらせません」
梅が笑わずに桜音に言った。
その歌は、私の、水さまへの歌だったのにーー。
桜音は息が切れそうだった。梅は本気で勝つ気だ。ここで勝たせてしまったら、梅はきっと水に気持ちを伝えるような気さえする。
あと、互いに一枚ずつ。次で勝敗が、決まってしまう。
水が最後の詠み札をめくった。いつも通りの息遣い。そのまま、水の口から紡がれた歌はーー。
「“つく”ーー」
譲れない、この札。この札はーー。
パシッ。
つくばねの 峰より落つる みなの川
恋ぞつもりて 淵となりぬる
最後の札に手を付けた。今までで、一番早くてが伸びた気がする。もしかしたら、体制も崩しているかもしれない。それでもーー。
札を取ったのは、桜音だ。
「桜音ちゃん!凄い……!」
「よくやりましたね、桜音!」
桜音が勝ったと分かると、一瞬の静寂のあと、侍女たちは大いに歓声をあげた。千姫とお千代が一番に駆け寄り褒め称え、伊茶とその侍女たちは梅を励ましていた。
その様子を、満足そうに上級侍女たちは見ていたが、茶々だけは、何やら一人考え込んでいる。自分は優勝したのだから、水から櫛を受け取れるはずーー。




