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③『淀殿主催・百人一首大会〜しのぶれど 色に出でにけり 我が恋は〜』

 ついにかるた大会の日を迎えた。桜音おとは、これまですいに付けてもらった特訓の成果を発揮できるよう、落ち着きのある水色の着物を纏った。この色なら、袖を見るだけで冷静を取り戻せそうだ。


 桜音は、千姫を先頭に、お千代や他の侍女たちとともに会場となる広間へ入る。広間の正面には、すでに茶々をはじめ、甲斐姫や上級侍女たちが一列になって座っていた。なんと水はその列の中にいる。しかも、茶々と甲斐姫の間に座っていて、二人の会話の相手になっていた。今日は無礼講なのだろう。


「わあ、水様すごいね。あのお二人に挟まれて話すなんて……私なら震えあがっちゃうよ」

「ほんと……」


 桜音とお千代は、水を見ながらヒソヒソと話す。なんだか今日は、水がとても遠く感じる。


 桜音は懐に入れている紙を取り出した。水が、決まり字に丸をして桜音にくれたものだ。水にもらってから毎日読んでいるので、すっかりヨレヨレになっているが、最後の確認で見ておきたかった。それに昨夜、水に「お願い」ーー宿題だと桜音は解釈したーーを出されたのだ。


『お願い、ですか?』

『はい。もう一句、絶対取れるようにしてほしい歌があります』

『はあ……なんでまた』

『私の、最近のお気に入りの歌だからですよ』


 やはり、得意な歌が一つだけでは心配だと思われたのか。歌の意味は分からないまま、もう一度目を通す。


「あら?それは桜音の字ではないですね」


 千姫が、桜音の手元を覗き込んで言う。桜音は恥ずかしくなり、思わず紙を閉じた。


「恋文?」


 千姫はクスクス笑いながら言う。それを聞いたお千代がニヤニヤと笑いだす。


「やだあ桜音ちゃん、こんなところで惚気ないでよ~」

「お千代ちゃんっ!千姫さまも勘弁してください!」

 

 侍女が集まる中、皆が口々に言うのはやはり水についてだった。


「水様、今日も凛々しいわ」

「絶対に勝ち残って、水様に声を掛けてもらうの!」

「今日は桜色のお召し物なのね。なんでもお似合いだわ」

「水様の詠みが楽しみなのだけれど……私ったらちゃんと札が取れるかしら」


 皆は水に夢を見過ぎだ。水は気さくではあるが意地悪だし、優しいが特訓となると容赦もない。だが、遠目で見てもキラキラして格好良いのは確かだ。以前のように、そうやって声に出して言いたくなった。何より、「見てもらった成果をここで見せたい」と大きな声で叫びたい。


 侍女たちが揃うと、茶々が立ち上がった。


「皆の衆、今日はよう集まってくれた。これよりかるた大会を始める。今日は大いに盛り上がってくれたまえ。優勝したら、漆塗りの櫛をやるぞ」


 褒美が漆塗りの櫛とは、大変豪華だ。それを聞いた侍女たちの熱気は上がる。そして、茶々がまた付け足した。


「褒美の櫛は、水から渡してもらう。皆、頑張るのじゃ」


 最大級のご褒美に、侍女たちから歓声が上がった。なんてことだ。水の手から贈られるなんて、誰かに譲るわけにはいかない。しかし、当の本人である水を見てみても「なぜ私が」と言いたげな表情でいる。どうしてあの恋人は、こうも鈍感なのだろう。だから茶々に面白がってご褒美要員にされるのだ。


 歓声が落ち着くと、今度は甲斐姫が立ち上がった。


「勝負は勝抜き戦だ。対戦相手はこちらで組んだ。皆、存分に戦うのだぞ!」


 

「“めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に“ーー」

「はいっ」

「はい!」


 水の艶のある声が広間に響く。その声にうっとりする者は、札を取れない者だ。桜音はその隙に、何枚もの札を取ってきた。

 

 桜音は今、3回戦目に入った。これまで、なんとか運と瞬発力で勝ち上がってきた。それに、「しのぶれど」の句と、水に出された最後の宿題の句も、今のところ取っている。


 桜音は、これまで水にたくさん揶揄われてきた。距離を詰められたり、永遠に恋の歌を詠まれ続けたり。水は面白がっていたのかも知れないが、本番での効果は抜群だ。普段、水の声を聞かない者はかるたどころではない。皆は水の声に惹かれるのかもしれないが、自分は違う。私は、水の声が落ち着くのだからーー。



 水は遠目で桜音を盗み見た。一回戦目、桜音は手が震えているようだった。今は緊張は解け、落ち着きを取り戻している。お手付きも、今のところは一回戦の序盤だけ。今の感じであれば、かるた大会は楽しめているだろう。


 始まる直前、桜音が、自分が渡した紙を、懐から出すのを見て、つい嬉しくなった。おおかた、昨日伝えたお願いーー本人は多分、宿題だと思っているーーの確認を最後にしていたのだろう。決勝は難しいかもしれない。だが、桜音には頑張ってほしい。贔屓は良くないが、桜音が札をとれることを祈った。

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