第8話「拒絶」
最初に、音が戻ってきた。
風の音。
葉の擦れる音。
遠くで鳴く、よくわからない生き物の声。
「……っ」
ミナの指が、わずかに動く。
リオが、顔を上げた。
「……ミナ?」
ガイの体が、固まる。
振り向けない。
「……起きろよ」
さっきと同じ言葉。
でも、今度は震えていた。
ミナのまぶたが、ゆっくり開く。
光が、差し込む。
ぼやけた視界の中で、最初に映ったのは――
ガイだった。
ほんの一瞬。
ミナの目が、安心したように緩む。
「……ガイ……?」
その声は、弱くて、細い。
ガイが、息を呑む。
「……ああ」
「大丈夫か」
手を伸ばす。
今度こそ、触れようとする。
その瞬間。
ミナの目が、はっきりと“見た”。
ガイの手。
まだ、わずかに残っている黒い気配。
そして。
さっきの光景が、フラッシュバックする。
自分に向かって振り下ろされた力。
地面が割れた音。
“殺される”と感じた瞬間。
「……っ」
ミナの体が、ビクッと跳ねる。
「……来ないで」
その一言は、小さかった。
でも、はっきりと聞こえた。
ガイの手が、止まる。
「……え?」
理解が、追いつかない。
ミナの呼吸が、荒くなる。
後ろに、にじる。
「来ないで……!」
今度は、はっきり拒絶だった。
「やだ……」
「怖い……」
その言葉が、刺さる。
深く。
容赦なく。
ガイの表情から、音が消える。
リオが、目を閉じる。
(ああ……)
(そうなるよな)
ミナは、震えながら続ける。
「さっき……」
「ガイ、じゃなかった……」
「違うものだった……」
ガイが、一歩下がる。
「……違う」
反射的に、言葉が出る。
「違うって」
でも、その声は弱い。
「俺は……」
続かない。
“何なのか”を、自分でも説明できない。
ミナが、首を振る。
涙が、こぼれる。
「ごめん……」
「でも……」
「近づかないで」
完全な拒絶だった。
沈黙。
長い、長い沈黙。
風だけが、通り過ぎる。
ガイが、笑った。
「……ああ」
乾いた、空っぽの笑い。
「そうだよな」
もう一歩、下がる。
「普通、そう思うよな」
リオが、顔を上げる。
「ガイ……」
ガイは、振り向かない。
「いいよ」
「近づかねぇ」
その言葉は、優しさじゃなかった。
“線を引く”言葉だった。
ガイは、そのまま背を向ける。
森の奥へ、歩き出す。
「おい!」
リオが叫ぶ。
「どこ行く気だ!」
止まらない。
「勝手に消えんな!」
ガイが、わずかに顔だけ動かす。
「……来んな」
それだけ言って、
また歩き出す。
「お前――」
リオの言葉が、止まる。
追うべきか。
ここに残るべきか。
一瞬の迷い。
その一瞬で、
ガイの姿は木々の向こうに消えた。
静寂。
残されたのは、二人。
ミナが、震えながら言う。
「……行かないで」
リオに向かって。
その言葉が、すべてだった。
リオは、歯を食いしばる。
拳を握る。
そして――
「……わかった」
座り込む。
ガイの消えた方向を、見ないようにして。
「今は、お前優先だ」
でも。
その目は、わずかに揺れていた。
(……これでいいのかよ)
誰にも聞こえない問いが、
胸の中に落ちる。
森の奥。
一人で歩く影。
ガイは、止まらない。
「……はは」
笑う。
「怖い、か」
空を見上げる。
「そりゃそうだよな」
拳を握る。
黒い気配が、またわずかに滲む。
「こんなの」
「怖くないわけ、ねぇよな」
足を止める。
そして、ぽつりと呟く。
「……じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
答えは、ない。
ただ、
その背中だけが、
少しだけ小さく見えた。




