第7話「お前を、止めるために」
空気が、冷たかった。
さっきまでの森とは別の場所みたいに、音が死んでいる。
ミナが、倒れている。
ガイの視界に入っているのに――
現実として、認識できていなかった。
「……なあ」
声が、遅れて出た。
「起きろよ」
返事はない。
ドクン。
心臓が、一拍だけ大きく鳴る。
その音に合わせて、空気が歪んだ。
「……やめろ」
リオが、低く言った。
「それ以上、近づくな」
ガイは、ゆっくり顔を上げる。
目が、変わっていた。
「……なんでだよ」
声は、静かだった。
静かすぎて、逆に危険だった。
「なんで、動かねぇんだよ」
地面に、ひびが入る。
ガイの足元から、黒い影のようなものがにじみ出る。
リオが、一歩前に出る。
震えている。
でも、逃げない。
「ガイ」
「それは、お前じゃない」
一瞬。
ガイの動きが、止まる。
「……は?」
その一瞬を、リオは逃さなかった。
「それに飲まれたら――」
「ミナを傷つけたのと、同じになる」
沈黙。
風が、止まる。
ガイの視線が、ミナからリオへと移る。
「……お前」
その目は、もう人間のものじゃなかった。
「今、なんて言った?」
リオの喉が鳴る。
怖い。
逃げたい。
でも、逃げたら終わる。
「言った通りだ」
一歩、踏み出す。
「お前は今、敵だ」
その瞬間。
空気が、爆ぜた。
ガイが、消える。
次の瞬間、リオの目の前にいた。
「っ!!」
反応するより先に、拳が振り下ろされる。
ドゴォッ!!
地面がえぐれる。
リオは、間一髪で横に飛ぶ。
(速すぎる……!)
振り向く。
もういない。
「後ろだ」
声。
同時に、衝撃。
ガンッ!!
リオの体が吹き飛び、木に叩きつけられる。
肺の空気が一気に抜ける。
「ぐ……っ!」
立て。
立たなきゃ終わる。
顔を上げる。
ガイが、歩いてくる。
ゆっくり。
確実に。
「……邪魔すんな」
その一言に、殺意が混じっていた。
リオは、笑った。
「は……」
口の端から血が流れる。
「やっと、正体見せたな」
ガイの足が、止まる。
「お前、ずっと怖かったんだよ」
「なんでそんな力持ってんのか」
「なんで、平気な顔してんのか」
一歩。
リオが前に出る。
「でもな」
拳を握る。
「それでも一緒にいたのは」
目をまっすぐ向ける。
「お前が“ガイ”だったからだ」
沈黙。
風が、戻る。
ほんの一瞬だけ。
ガイの目が、揺れた。
その隙を、リオは見逃さない。
「戻れ!!」
全力で、踏み込む。
拳を、叩き込む。
ドンッ!!
ガイの体が、わずかに後ろにズレる。
「……」
静止。
そして――
「……うるせぇ」
黒い気配が、一気に膨れ上がる。
「黙れ」
ドォン!!
リオの体が、吹き飛ばされる。
今度は、防げなかった。
地面を転がり、止まる。
もう、立てない。
視界の端で、ガイがミナに向かって歩いていく。
(やばい……)
(間に合わねぇ……)
手を伸ばす。
届かない。
そのとき。
ガイの足が、止まる。
ミナのすぐ手前で。
震えている。
拳が。
「……っ」
声にならない声。
「……なんでだよ」
低い、低い声。
「なんで、動かねぇんだよ……」
黒い気配が、揺れる。
消えかけて、また膨らむ。
「……くそが……」
ガイの膝が、落ちる。
ドサッ。
地面に、手をつく。
「……やめろ……」
「出てくんな……」
自分に言っている。
「……俺は……」
呼吸が、荒い。
「……傷つけたくねぇんだよ」
静寂。
そして。
黒い気配が、ゆっくりと引いていく。
完全に消えたわけじゃない。
でも、押さえ込まれている。
リオが、かすれた声で言う。
「……今の、見たかよ」
ガイは、答えない。
ただ、ミナの隣に座る。
震える手で、触れようとして――
止める。
触れたら、壊れる気がして。
「……なあ」
誰にともなく、つぶやく。
「俺、なんなんだよ」
その言葉は、
誰にも答えられなかった。




