第3話 「外に出る理由」
朝になっても、村は戻らなかった。
“戻らない”というのは、壊れたままという意味ではない。
もっと正確に言えば――
壊れたことすら、少しずつ曖昧になっていた。
壁のひび割れが薄くなっている。
倒れた家の影が、昨日より短い。
消えたはずの井戸の位置に、うっすらと別の記憶が混ざっている。
「……なんか気持ち悪いな」
ガイはあくびをした。
その横で少女は立っていた。
昨日と同じ白い服。
昨日と違うのは、その目の奥の“決意”だった。
「この村はもう“保たない”」
少女は静かに言った。
「何が?」
「存在の修復が始まっている」
「修復?」
「壊れたものを“なかったことにする”ための処理」
ガイは岩をかじる。
「じゃあ直ってるじゃん」
「違う」
少女は首を振った。
「“直る”んじゃない。“書き換えられる”」
その瞬間、遠くで音がした。
ゴォン――ではない。
もっと軽い。
紙を破るような音。
村の外れの家が、一瞬だけ“違う形”に変わった。
昨日とは別の建物になっている。
「……なんだそれ」
ガイが眉をひそめる。
「これが“修正”」
少女は空を見た。
「この星は、もう長く記録を保持できない」
風が止まる。
鳥が飛ばない。
空の“奥行き”が、わずかに薄い。
「だから、外に出る必要がある」
少女は言った。
「どこに?」
「星核の中心」
「またそれか」
ガイは欠伸した。
「オレ、別にそういうの興味ないんだけど」
そのときだった。
村の地面が“沈んだ”。
音はない。
ただ、現実が一段下に落ちるような感覚。
家が一つ、消えた。
そこにいたはずの人の記憶ごと。
「時間がない」
少女の声が初めて少しだけ強くなる。
「このままだと、あなたも“書き換えられる”」
「オレが?」
「あなたは例外だから」
「例外って何だよ」
少女は少しだけ黙った。
そして言う。
「この星には三種類しかない」
「食べる者」
「食べられる者」
「そして、記録する者」
ガイは首をかしげる。
「オレは?」
少女は答えなかった。
代わりに、地面を見た。
「あなたは、そのどれでもない」
沈黙。
その瞬間、村の鐘が鳴った。
――ゴォン。
しかし昨日と違う。
鐘の音が“途中で途切れる”。
空間が一瞬だけ折れた。
白い存在が再び現れる。
昨日の“監視者”。
だが今度は一体ではない。
複数。
空の一部を埋め尽くすように。
「異常存在、再確認」
「対象:ガイ」
「処理優先度を最大に変更」
少女が一歩前に出る。
「今ならまだ間に合う」
「何が?」
「この星の外へ出ること」
ガイは空を見た。
白い存在。
壊れていく村。
軽くなっていく現実。
そして言った。
「なんかさ」
「めんどくさくなってきた」
少女が振り返る。
「……何?」
ガイは笑う。
「でもさ」
「飯食いに行くついでなら、いいよ」
一瞬、少女の表情が崩れた。
「それでいいの?」
「いい」
「世界が壊れるかもしれないのに?」
ガイは腹を叩いた。
「腹が減るほうが問題だろ」
その瞬間だった。
白い存在が一斉に動く。
空間が“押しつぶされる”。
村が完全に消える直前――
少女が手を伸ばした。
ガイの腕を掴む。
「来て」
世界が裂ける。
現実が一枚はがれる。
次にガイが目を開けたとき。
そこは――村ではなかった。
空の上でもない。
地面すら曖昧な、“境界のない場所”。
「ここが……外?」
ガイが言う。
少女はうなずく。
「ここから先が、本当の世界」
そのとき、遠くで何かが動いた。
巨大な“影”。
星そのものの裏側のような気配。
少女は静かに言う。
「見つかった」
ガイは笑う。
「飯、ある?」




