第22話「第三勢力」
夜空に走る亀裂は、増えていた。
一つじゃない。
二つでもない。
――無数。
まるで、空そのものが壊れ始めている。
「……冗談だろ」
ガイが吐き捨てる。
「これ、全部……さっきのやつが出てくるの?」
ミナの声がわずかに震える。
リオは答えない。
ただ、空を見ていた。
――その時。
「遅いな」
知らない声が、した。
三人の背後。
気配は、まったくなかった。
振り向く。
そこにいたのは、一人の男だった。
黒い外套。
細い体。
そして、異様に“静かな目”。
「……誰だ、お前」
ガイが前に出る。
男は、軽く首を傾げた。
「質問の順番が違う」
淡々とした声。
「君たちが、何者だ?」
空気が、変わる。
敵とは違う。
だが、安心もできない。
“人間”のはずなのに。
どこか、ズレている。
「俺たちは――」
ガイが言いかけた瞬間。
男が、消えた。
「――っ!?」
次の瞬間。
リオの目の前にいた。
距離ゼロ。
目と目が合う。
「やっぱり」
男が、静かに言う。
「“混ざってる”」
リオの体が、凍る。
「……何の話だ」
リオが低く言う。
男は、答えない。
ただ、リオの胸元に指を当てる。
――トン。
それだけで。
リオの体が、後ろに吹き飛んだ。
――ドゴォン!!
地面に叩きつけられる。
「リオ!!」
ミナが叫ぶ。
ガイが一瞬で距離を詰める。
「てめぇ!!」
拳を振り抜く。
だが。
当たらない。
男は、そこにいるのに。
“触れられない”。
「……は?」
ガイの拳が、すり抜ける。
男は、無関心に言う。
「粗いな」
次の瞬間。
ガイの体が、横に吹き飛んだ。
見えない何かに殴られたみたいに。
「ガイ!」
ミナが光を放つ。
正確な一撃。
だが――
それも、当たらない。
光が、歪んで消える。
「干渉できてない」
男が分析するように言う。
「位相が違うのか」
意味の分からない言葉。
だが。
圧倒的な“格の違い”だけは、分かる。
リオが立ち上がる。
口の中に血の味。
だが、その目は逸らさない。
「……お前、何者だ」
男は、少しだけ考えるように目を細めた。
「名称か」
そして、あっさり言う。
「俺は、“回収者”だ」
空気が、凍る。
「回収……?」
ミナが呟く。
男――回収者は、リオを見る。
「それ」
指を差す。
リオの中にある“力”。
「それは、本来ここにあるべきものじゃない」
リオの心臓が、強く鳴る。
「だから」
回収者が一歩、踏み出す。
「回収する」
その瞬間。
空の亀裂が、さらに広がった。
まるで、それに呼応するように。
リオの体の中の“黒い力”が、暴れ出す。
「……っ!」
膝が、揺れる。
「リオ!」
ミナが駆け寄ろうとする。
だが。
「来るな」
リオが止める。
その声は、低く、揺れていた。
回収者は、静かに観察している。
「やはり不安定だな」
「完全に融合していない」
「なら――今が最適か」
手を上げる。
その動きは、あまりにも“軽い”。
だが。
本能が叫ぶ。
――やられる。
「やらせるかよ!!」
ガイが、もう一度飛び込む。
今度は、迷いなく。
拳じゃない。
体ごと、ぶつかる。
その瞬間。
「……ほう」
初めて、回収者の目がわずかに動いた。
ガイの拳。
“当たっている”。
ほんのわずかだが。
「気合いで位相を合わせたか」
意味の分からない評価。
だが、確かに届いた。
「ミナ!!」
「うん!!」
ミナの光が重なる。
ガイの動きに合わせて。
“当たる瞬間”を作る。
そして。
リオ。
揺れる体。
暴れる力。
それでも、前を見る。
「……っ、くそ……!」
拳を握る。
黒い力が、滲む。
制御は、できていない。
でも。
「――それでも」
一歩、踏み出す。
三人が、揃う。
その瞬間。
回収者が、初めて“戦闘態勢”を取った。
「なるほど」
わずかに口元が上がる。
「それが、この世界の“抵抗”か」
空が、軋む。
亀裂が、鳴る。
そして。
回収者が言った。
「なら、少し本気で回収しよう」
――敵は、“敵ですらない”。




