第21話「三つの力」
夜が、やけに静かだった。
風もない。虫の音もない。
まるで世界が、息を止めているみたいだった。
「……来る」
リオが呟いた瞬間、空気が裂けた。
――バチッ。
黒い亀裂が空中に走る。
その向こう側から、ゆっくりと“何か”が滲み出てくる。
人の形をしている。
だが、顔がない。
ただ、空洞だけがそこにある。
「……また、あいつらかよ」
ガイが拳を握る。
「違う」
ミナが首を振る。
「これは……前より“濃い”」
その言葉の直後。
“それ”は一歩、踏み出した。
――ズン。
地面が沈む。
ただ立っただけで、重さが伝わる。
「……やばいな、これ」
ガイが笑う。
けど、その目は完全に戦闘の目だった。
「逃げる?」
ミナが聞く。
「は?」
ガイが笑う。
「逃げるわけねぇだろ」
リオは何も言わない。
ただ、一歩前に出る。
そして。
「……三人で行くぞ」
それが、初めてだった。
三人が、同じ方向を見たのは。
敵が動く。
消えた。
「上!」
ミナが叫ぶ。
次の瞬間。
リオの真上から、拳が落ちる。
――ドォン!!
地面が砕ける。
だが。
「遅い」
ガイがその腕を受け止めていた。
筋肉が軋む。
「……重っ!!」
だが、その一瞬で十分だった。
「ミナ!」
「任せて!」
ミナの指先が光る。
細い光の線が、敵の関節を正確に撃ち抜く。
――ズバッ。
敵の動きが、わずかに鈍る。
「今だ、リオ!」
リオが踏み込む。
だが――
「……っ!」
体が、重い。
暴走の“残り”が、まだ体に残っている。
動きが鈍る。
その一瞬の隙。
敵のもう一つの腕が、横から振り抜かれる。
――間に合わない。
その時。
「バカ、止まるな!」
ガイが、体ごとぶつかった。
――ドゴォン!!
二人まとめて吹き飛ぶ。
地面を転がる。
「……っは、いてぇな……」
ガイが立ち上がる。
口の端から血を流しながら、笑う。
「リオ、お前一人でやろうとすんな」
リオは、少しだけ目を見開いた。
「……俺は」
「分かってる」
ガイが言う。
「でも今は、“三人”だろ」
ミナが、そっとリオの横に立つ。
「大丈夫」
「力、残ってるでしょ?」
リオは、拳を握る。
――確かにある。
あの暴走の残り火が。
まだ、消えていない。
「……ああ」
リオが、静かに言う。
「じゃあ行くよ」
ミナが微笑む。
「合わせて」
ガイが地面を蹴る。
正面から突っ込む。
敵が迎え撃つ。
だが、その瞬間。
「今!」
ミナの光が、敵の視界を奪う。
一瞬の盲目。
そこに。
リオが、滑り込む。
拳が光る。
黒く、揺れる力。
――まだ制御しきれていない、危うい力。
「……終わりだ」
――ドン。
静かな一撃。
なのに。
敵の体が、内側から崩れる。
――バキ、バキ、バキ。
音を立てて、砕ける。
そして。
崩れ落ちた。
静寂。
また、夜が戻る。
「……やったな」
ガイが笑う。
「うん」
ミナも笑う。
だが。
リオだけは、黙っていた。
自分の手を見る。
黒い力が、まだわずかに揺れている。
「……消えてない」
小さく呟く。
ミナが気づく。
「リオ?」
リオは、空を見上げる。
そして。
ゆっくりと言った。
「……これ、終わってない」
その言葉と同時に。
遠くの空。
同じ“亀裂”が、いくつも走った。
まるで。
世界が、ひび割れていくみたいに。
――三人では、足りない。




