第12話「名前のない記憶」
夜は、まだ続いていた。
ガイは、眠っていなかった。
眠れるわけがない。
木にもたれ、空を見ている。
月が、やけに近い。
「……ちっ」
舌打ち。
頭の中が、うるさい。
さっきからずっと、
“何か”がちらついている。
知らないはずの景色。
知らないはずの声。
「……なんだよ、これ」
目を閉じる。
その瞬間。
――焼けた匂い。
「……っ!?」
視界が、切り替わる。
森じゃない。
地面が、黒く焦げている。
空が、赤い。
煙が、立ち上っている。
どこかで、誰かが叫んでいる。
でも――
言葉が、聞き取れない。
「……ここ」
ガイが、周囲を見渡す。
知らない場所。
でも。
“知っている気がする”。
足が、勝手に動く。
瓦礫を踏み越える。
崩れた建物。
倒れた影。
人、だったもの。
「……は?」
理解が、追いつかない。
「なんだよ、これ……」
そのとき。
足元に、“何か”が触れる。
視線を落とす。
小さな手。
子供だった。
まだ、息がある。
「……おい」
思わず、しゃがむ。
その瞬間。
子供の目が、開く。
ガイを見る。
そして。
震えた声で、言う。
「……こわい」
その一言。
頭の中で、何かが弾ける。
「……っ!!」
視界が、歪む。
「ちが……」
否定しようとする。
でも。
その子供の目に映っていたのは――
“今の自分と同じもの”。
黒い気配。
壊す力。
「やめろ……」
頭を押さえる。
「やめろって……!!」
景色が、崩れる。
音が、割れる。
子供の手が、離れる。
落ちる。
暗転。
「……っ!!」
ガイが、目を開ける。
元の森。
荒い呼吸。
全身が、汗で濡れている。
「……なんだよ、今の」
現実じゃない。
でも。
夢でもない。
手を見る。
震えている。
「……俺が」
言葉が、出ない。
「……やったのか?」
答えはない。
でも、
否定もできない。
そのとき。
「思い出しかけてるな」
声。
あの影の男が、そこにいた。
木の上に座り、こちらを見ている。
「……てめぇ」
ガイが睨む。
「今の、なんだ」
影の男は、肩をすくめる。
「断片だ」
「お前の」
「“前の姿”のな」
空気が、止まる。
「……は?」
理解が、拒否する。
「前……?」
影の男が、笑う。
「知らなかったのか」
「お前、一回壊れてるぞ」
その言葉。
静かに、刺さる。
「……意味わかんねぇよ」
「わかる必要ねぇよ」
軽く言う。
「どうせ、戻れねぇんだから」
沈黙。
ガイの目が、揺れる。
「……戻れない?」
影の男が、頷く。
「お前はもう、“人間の続き”じゃない」
「別のもんだ」
「途中で切れて、繋ぎ直された」
「だから、歪んでる」
一歩。
ガイが、踏み出す。
「……じゃあ、なんだよ俺は」
影の男が、少しだけ真面目な顔になる。
そして。
ゆっくり言う。
「“器”だ」
「壊すためのな」
沈黙。
風が、吹く。
ガイは、何も言わない。
言えない。
ただ、
拳だけが、強く握られている。
「……ふざけんな」
低い声。
「そんなもん、知らねぇよ」
黒い気配が、滲む。
「俺は、俺だ」
影の男が、笑う。
「いいねぇ」
「その反応」
「でもな」
目が、細くなる。
「そのうち、わかる」
「全部壊したくなる」
「理由もなくな」
沈黙。
ガイは、何も言い返さない。
でも。
その目の奥に、
ほんのわずかに――
“恐怖”が残っていた。




