第10話「敵」
森の空気が、震えていた。
リオは、顔を上げる。
「……来る」
ミナが、びくっと肩を震わせる。
「え……?」
その瞬間。
ドォン!!
地面が爆ぜる。
木々がなぎ倒される。
風が、遅れて吹き荒れる。
「っ!!」
リオが、ミナを庇うように前に出る。
煙の向こう。
ゆっくりと、人影が現れる。
見覚えがある。
でも――
「……ガイ」
その名前が、やけに遠く感じた。
ガイが、そこにいた。
でも、違う。
目が、違う。
「……よぉ」
軽い声。
まるで、何もなかったみたいに。
でも、その奥にあるものは、
完全に別物だった。
ミナが、息を詰まらせる。
「……来ないで」
反射的に、口から出る。
ガイが、止まる。
一瞬だけ。
そして、笑う。
「わかってるって」
「近づかねぇよ」
その言葉に、リオの眉が動く。
(違う)
(こいつ……)
「……何しに来た」
リオが、低く言う。
ガイが、首を傾げる。
「さぁな」
「試し、かな」
空気が、張り詰める。
「お前らが」
「どんくらい耐えられるか」
その瞬間。
リオが、踏み込む。
「ふざけんな!!」
一直線に、ガイへ。
拳を振り抜く。
ドンッ!!
直撃。
のはずだった。
「遅ぇよ」
ガイが、そこにいた。
拳を、片手で止めている。
「っ!?」
次の瞬間。
ガンッ!!
リオの体が、地面に叩きつけられる。
息が、止まる。
「リオ!!」
ミナの叫び。
ガイが、ちらっと視線を向ける。
その目に、感情はない。
「……うるせぇな」
一歩、踏み出す。
ミナが、後ずさる。
恐怖が、顔に出ている。
それを見て――
ガイが、止まる。
ほんの一瞬。
そして。
「……あーあ」
頭をかく。
「やっぱその顔、ムカつくな」
次の瞬間。
地面が、裂ける。
衝撃が、ミナのすぐ横をかすめる。
「きゃっ!!」
バランスを崩し、倒れる。
「やめろ!!」
リオが、叫ぶ。
血を吐きながら、立ち上がる。
「お前、それ以上やったら――」
ガイが、振り向く。
「なんだよ」
その目が、完全に冷えていた。
「殺すのか?」
沈黙。
答えられない。
リオは、歯を食いしばる。
「……それでも」
一歩、踏み出す。
「止める」
その言葉に、
ガイが、少しだけ笑う。
「いいじゃねぇか」
黒い気配が、膨れ上がる。
「やってみろよ」
空気が、歪む。
「俺を」
一瞬で、距離を詰める。
「止めてみろ」
ドォン!!
衝撃。
リオの拳と、ガイの拳がぶつかる。
地面が、割れる。
風が、吹き荒れる。
拮抗。
一瞬だけ。
「っ……!!」
リオが、押される。
力が、違いすぎる。
(無理だ……)
頭が、理解する。
でも。
体は、止まらない。
「……それでもだ!!」
叫ぶ。
その瞬間。
ガイの動きが、ほんのわずかに鈍る。
「……」
その隙。
リオが、踏み込む。
全力で、ぶつかる。
ドンッ!!
ガイの体が、初めて大きく揺れる。
後ろに、数歩下がる。
静止。
沈黙。
そして。
ガイが、ゆっくり笑う。
「……なるほどな」
「悪くねぇ」
その言葉に、リオの顔が歪む。
(届いてねぇ……)
全然、届いてない。
ガイが、手を軽く振る。
「今日はこの辺でいいか」
黒い気配が、少し引く。
「まだ壊すには、早い」
ミナが、震える声で言う。
「……なんで」
「なんで、そんなことするの」
ガイが、少しだけ顔を向ける。
答えは、簡単だった。
「……楽だからだよ」
その一言。
完全に、別の存在だった。
ガイは、そのまま背を向ける。
止める者はいない。
止められない。
森の奥へ、消えていく。
残された二人。
リオは、膝をつく。
拳が、震えている。
「……くそ」
ミナは、何も言えない。
ただ、涙が止まらない。
「……ガイ」
その名前が、
もう“仲間”のものじゃなくなっていた。




