捲土重来⑥
エリファ・ルイ・コンスタンは無敵である。
曰く、魔術の天才であり。
曰く、それでいて研鑽を怠らず。
曰く、破綻者であるが故に邪道や禁忌に踏み込む事に躊躇は無く。
曰く、全ての接続を逆転・破壊する固有の魔術を持ち。
曰く、曰く、曰く、曰く…………
「で?」
散々見てきた。散々実感した。散々体験した。
何度も何度も思い知らされた。
「それで?」
頭の1%の冷静な部分は「もう無理だ」「よく頑張っただろう」と諦めている。
「だから?」
だから、何処まで行っても魔術の世界に踏み入れた者としては未熟で、超常の力もただ拳を振るう事にしか使えない愚図に勝てる道理なんて、才能と努力の期間の双方を見ても勝てる訳がなくて。
「それが、諦める理由になるのか?」
実際、今まさに、ツェークとのアストラルの繋がりを与えるダイヤモンド・リングがエリファによって破壊されて。
「その程度で、俺たちの繋がりは切れるほどヤワなのか____!?」
そんな訳はないと、確信を手中に収め、掴んで離さない。
手を繋がなくても暖かく繋がる俺とツェークの心も。
この胸に熱く燃える怒りも。
アストラルの体で踏み締めた空気の感触も。
他人に手を出させない、破壊される訳がないと!
全て俺たちの物だとこの世界に宣誓して!
「行くぞ。ツェーク」
『君はそこまで……いや』
脳裏で驚くツェークの声が、すぐに落ち着く。
それにお互い、示し合わせたように思わず苦笑する。
驚きの言葉を紡ごうとして、即座にそれが無粋だと判断して。
『ふふ、征矢。君はやはり……』
「ハッ!なら改めて名乗り上げよう!俺は……否、俺たちは____ッ!」
砕けたダイヤモンドリングの輝きを纏う右手を天高く掲げ、握り締める。
散り散りになっていく朱鷺色のアストラルの体が再び元の形に集まり、凝固していく!
「『……天才だ!』」
瞬間、世界が燃え盛る。
停止では無い。
止まろうとしていたアストラルの炎が、優しく暖かく燃え上がり、エリファが広げた魔術の力のみを悉く焼き尽くしていく。
天才は、かつての呪いの言葉。
炎は、かつての忌まわしき景色。
しかしそれらは、今の俺たちの心と小径を新たに繋ぐ、再生と希望の世界。
「世界精神、再接続」
____アストラル体、再結合。
畢竟して、砕け散った筈の俺たちの繋がりは、ここに新たな形を持って再構成される。
「俺は、戦車であり、力だと、初めてアストラルに触れた時に聞いた」
たった一回しか聞かなかった言葉。
だが情熱的で、鼓膜と心臓を震わせ続けた言葉。
「今ここで俺は改めて、正しく、その言葉の意味を噛み締めるよ」
世界を包む優しい炎が、砕け散った俺のアストラルの体の形を作っていく。
揺らめく陽炎が体に、火花が髪に、炎が肉に。
「我らは、内なる葛藤を制御し、自らを導く者」
『我らは、定められた試練を乗り越え、正しき力を示す者』
「『我らは、悪しきを砕く峻厳たる正義』」
言葉の結びを経て、ここに神秘の合一は完成する。
「『__さぁ、反撃開始だ』」
これが俺たちの捲土重来。
降臨するは天の炎。峻厳たる合一者。
朱鷺色に輝く……もう燃え盛る事はない……完全に安定したアストラルの体に力を込めて、俺たちは重力が反転した世界を踏み締めた。
○●
「……ありえない」
声を震わせて、ただ呆然と渦巻く炎を眺めるエリファは、初めて動揺の色を露わにしていて。
子供みたいに地団駄を踏んで、歯軋りの不協和音を奏でて。
「ありえない。ありえないっ。ありえない!」
「『いいや。ありえるのさ』」
「貴方たちはつい数日前に出会ったばかりだ。
我道征矢は魔術に触れたばかりで、ツェーク・ヘレムの繋がりが無ければそれを行使出来なくて。
私はそれを破壊した!アストラルの深奥の力で!」
超越者は既に絶対者では無くなっていた。
天と地を、若さと老いを、男と女を、全ての繋がりを破断し再構成する絶対が、俺たちの絶対に届かない。
そんなご都合主義の不条理を前にして、超越者は激昂と困惑に顔を歪めていた。
『戦車のタロットに描かれた戦士が戦うのは、敵では無く己自身。
これは、魂の成長や内的進化を指している』
語られるは、このアストラルに秘められた意義。
「俺たちの苦しみも、迷いも、決して無駄じゃなかった。全てが今この時の成長へ繋がったんだ」
導かれるは、このアストラルが指し示す明日への道程。
「『今この瞬間を打破する為に経た三日間は、お前の歩んできた時間よりも、ずっとずっと分厚かったッ!』」
「黙れッッッッ!!!」
エリファが俺たちの絆を断裁すべく腕を振るう。
それは天地すら断絶する絶対裁断の魔術。
だが……
「効かねぇよ」
そんな物はもう通じない。
指輪などもう必要無い。目に見える形など必要無い。
俺たちの心は既に二人で一つ。
薔薇の花とイバラは一つであるように。
天衣無縫に継ぎ目は無く、裁断すべき綻びは存在しない。
『ボクたちは今や仮の器では無い純粋無垢のアストラルそのもの。魔術理論の、究極系だ』
だから、意に介さず、真っ直ぐ歩く。
ただ俺たちの幸せをぶち壊そうとする愉悦犯に一泡吹かせてやる。その為だけに堂々たる歩みで前進する。
「よう」
「……っ」
俺が歩みを止め、エリファが後退りする。
彼我にして数センチの距離。ロマンチックなキスでも贈るには十分な間合い。
その僅かな距離が、今の俺たちとエリファの間の差に等しい。
「ゼヴって奴が、いたよな」
「……っ、それが?」
「"それが"?……お前に付き従ってくれた部下じゃねぇのかよ」
先ほど拳を交えた黒スーツの雷の亜人……否、能力者の事を思い浮かべ、目の前のふざけた反応の怒りを交え拳を握る。
「アイツは怒ってたんだ。俺たち無能力者が、異能力を持つ奴らを化け物みたいな呼称で差別する事に」
「……」
「アイツは力を持つアンタに希望を抱いていたんだ。
アンタが狂っていると知って尚な」
「それが」
「それが?続きは何だ。言ってみろ」
ふざけた事をぬかしてるんじゃねぇぞと。
背負った激情を、想いを、ありのままこの女に代弁する。
「お前は、なんだ?こんな少年少女追いかけ回して、悪趣味に浸って。
それがお前の言う魔術の深奥なのか?」
「……才能の有無で優劣と優先順位を決めるのは当然の事です」
「優劣と優先順位を決めた結果が"これ"か?随分とみみっちいじゃねぇか。女王サマ」
大体分かってきた。
こいつは、デカい子供なんだ。
ただ強い力を持ってるだけの、周りに止めてくれる大人がいなかった大きい子供だ。
「ゼヴだけじゃねぇだろ。アンタの下について、アンタを信じて付いてきた奴も沢山いるじゃねぇか」
そして大きな子供は、方向性が違うだけで、オレも同じだ。
だからこそ、どうしようもなく同族嫌悪を催してしまうんだ。
「それをどんな形であれ、お前は背負ったんだろうが。
それに報いる事が出来ず、ただ強い力を振り回してるだけのお前に、俺たちが負ける筈がねぇ!」
「私は、魔術の道へと踏み込んだ貴方を興味の対象として、併せて脅威として認識しただけの事。その後でいくらでも辻褄を合わせてあげましょう。彼らの望む通りに」
「望む通り?何だそりゃ。意味わからねぇよ。
それに俺の事はもう気にするな鬱陶しい!
何たって、俺にはなぁ!」
自分の胸に親指を指す。
既に燃え盛らず、安定した朱鷺色の体の、しかしいまだに一層燃える心臓の部分を強調して。
「ツェーク・ヘレムっつー世界で最高のパートナーがいるんだよ!間女の入る隙間なんざ何処にもねぇのさ!」
『なっ、征矢……!?』
なんだか脳内でツェークが舌足らずな言葉にもならない言葉を垂れ流して慌てている様子だが、今はよく分からないのでこれを無視。
それは後で聞く事にしよう。
「そういう訳で、まぁ」
改めて、右の拳を握り締める。
勝手に作られた縁を叩き割る為。
新たな門出を塞ぐ壁を打ち壊す為。
「歯ァ食いしばれ、エリファ・ルイ・コンスタン。
そして改めて考え直してこい!テメェを信じた人間の事と、テメェが本当に目指すべき道をよ!」
「征矢さ……」
結局は俺の言葉も、言いたい事だけ言って気持ちよくなっている説教に過ぎないのだろう。
大きい意味で括ってしまえば、エリファが自分の思想を押し付けているのと、何ら変わらないのかもしれない。
だからこそ、相手の言葉を待つ必要も無い。
俺はお前に押し付けられて、俺がお前に押し付けた。
そういうくだらない意思の押し付け合いだからこそ、反論も弁解も聞かず、否、耳に入れようともせずに我儘に!
全ての想いを愚直に拳に乗せて、放つ。
「次は、その大層な力の使い道が良い方向に向くような、そんな捲土重来をこそ願ってるぜ」
ただアストラルを全身全霊でゲンコツに乗せて振り抜くただけの、それだけのシンプルな破壊力を秘めた拳がエリファの端正な顔に突き刺さり。
くだらない力と思想の押し付け合いは、最初から最後まで、たったそれだけの単純な暴力で、全てが決着したのだった。




