捲土重来⑤
大変遅くなってしまい申し訳ありません。
最後まで執筆が終了しましたので、順次公開していきます。
「世界精神、接続。我が身こそ至高の奇跡なり」
詠唱が行われる。
それと同時に、世界が鉛に沈んだような……否、時が止まったような停滞に陥る。
「おいツェーク……これって」
『あぁ。ボクが行った詠唱とほぼ同じだ。
……一部、違うが』
体は動かせずとも思考だけは回せる。
脳内で己が内にいるツェークに、この状況を問うていく。
『……しかし、妙だ。
アストラルの力を、異能力を越えて魔術の領域に踏み込むほど十全に操れる、魔術師・エリファ・ルイ・コンスタンだぞ?』
「これ以上強化しようが無いって事か?」
『少し違う。
君とボクとの詠唱は、お互いの精神を掛け合わせてアストラルの源に溶かす行為だ。
そもそも、ボクたちの今の状態は世界精神……魔術の源に擬似的に接続して力を得てるだけにすぎない』
つまり、とツェークの言葉は結びに入り。
『そもそも、世界精神に己が力のみで接続している彼女こそ自然な状態なんだ』
「……っていうことはよ」
あり得ない。そんな事あってはならないと、全身の神経に、警告を告げる電気信号が荒れ狂っている。
「____あいつはもしかして、今まで本当の意味でアストラルを十全に使っていた訳じゃ無かったんじゃないか?」
勝負事において研鑽を積み重ねる事を喜びとするなどと言ってる場合では無い。
今すぐ逃げろと、時が止まった世界で全力で後退しようと脳が指令を出し続ける。
「隠匿の智。背徳の血。
紐解き、寿ぎ、仰ぎ見よ。遥かなる神座、霊木、その流出。
指折り数えて要約できる神学。
幼児の掌にも掴ませる事ができる無限なるもの。
隠蔽されし神秘は今ここに。
世を象り彩る真理は今ここに!」
力ある一文字一文字がエリファの口から世界に出力されていく度に大気が揺らぐ。
止まったはずの世界で、風が沸騰したみたいな轟音とうねりを上げて、世界を凌辱していく。
「____是、『知恵』にして『理解』の集積なり。
光渦祥瑞・第十一審判-冥王秩序」
瞬間、停滞していた世界が、まるで油を差していない歯車を無理に稼働させるような摩擦音と共に動き始めた。
がこん、がこん、がこん、がこん。
規格の合っていない螺子で無理矢理繋ぎ止めていくような歪さで、この世の全てがエリファに収束していく。
大気が、雨が、風が、雲が、鳥が、虫が、人が、光が、音が、彼女の元に渦を巻いて集まる。
全ての者がエリファに傅く。
形の合わないパズルのピースたちが、しかし精緻に組み合わさっていく違和感。
『これ、は……』
全身の毛細血管の一本一本に流れる血液までが沸騰するような根源的恐怖を覚える。
試合開始のゴングと勘違いしてるのではないか?というほど鳴り続ける脳裏の警鐘。
「これはダメだ。勝てない。今すぐ尻尾を巻いて逃げ出せ」と、無限の後退の声が心の奥底から湧き出してくる。
「__洒落くせぇッ!」
それは自分への発破か、はたまたエリファへの宣戦布告か。
俺は踏み出す。前へ……前へ!
この身に賜ったアストラルの恩寵を最大限に吹かしながら!
『征矢!ダメだ!ここは一旦引けッ!』
だから迷いの無い俺の行動に、脳裏でこの状況を分析していた相棒の言葉は一歩遅かった。
「……嗚呼」
振り抜いた俺の拳は、的確にエリファの顔面を捉え……。
「……ォ、ェ……!?」
同時に響く激痛。
壁におもいきり追突したような痛みが俺の鼻を潰し、俺たちの体を構成するアストラルが凄まじい勢いで消耗していく。
「申し訳ありません。征矢さま」
エリファが口にしたのは、謝罪の言葉。
俺たちに同情するような、憐れむような言葉がどうしようもなく心を逆撫でして、心は沸騰して煮えたぎり____。
『征矢!』
「っ!……あぁ……悪りぃ。落ち着いた」
脳内で反響した相棒の声で急速に冷える。
今は無理に突っ込むより冷静に何が起きたのかを考えろと。
「現状を整理するぞツェーク。今、俺はアイツのツラをぶん殴ったよな?クリーンヒットもさせた」
『しかし、手痛い傷を負ったのはこちらだ』
「……反射か?」
月並みな推察だが
「いいえ」
それを真っ先に否定したのはエリファの声だった。
「この世は大別すれば、どのような物も二つの関係から構成されております」
エリファは両手のひらを掲げる。
右手に炎、左手に水。右手に金、左手に木というように物質を生み出し……まるで、生徒に見本を持って教鞭を振るうように。
「男と女。天と地。
知識を掲げた者たちによる、神秘的なものと穢れたものの二元論。
五行思想における相生と相剋も、二つの関係性の連続を纏めた物です」
「……何が言いてぇ」
「つまり」
エリファが指を鳴らす。
次の瞬間俺の体は……否。
街行く人が、車が、オブジェがビルが街路樹が、見渡す地上の全てが天に落下を開始する。
「私の一声で天と地は逆転し」
エリファがまた指を鳴らす。
すると浮かび上がる河川がの水飛沫が木々を焦がし、流れる汗が肌を煙も無く焦がしていく。
「火と水の在り方が入れ替わり」
指を鳴らす。
老人が鳴き声を上げながら四つん這いになり、乳飲み子が杖をついて大人たちに説教を始める。
「人は老いて生まれ、赤子の形で死んでいく」
逆転する。逆転する。
俺たちが生きてきた世界が逆転する。
全く別の法則にこの世界が書き換えられていく。
気に入らない答えを消しゴムで消して、色鉛筆で好き勝手に描き足したみたいに世界の様相が瞬きする間に変わっていく。
「万象の繋がりを意のままに書き換え、逆転、或いは破壊する。
征矢さま。この力の意味が分かりますか?」
つまり、こいつは今こうしたのだ。
痛みを受ける側と与える側の立場をそっくりそのまま入れ替えたと。
「あぁ、そりゃ……まぁ決まってるな」
その発言が本当なら、正しく無敵だ。
なんでも思い通りに出来る。
世界なんて手中。変革すらも稚戯。全ては意のままだ。
そんな全能で絶対の能力は…………あぁ、そうだな。
「「つまらないに決まっている」」
エリファと俺の声が見事に被った。
絶対者と覚醒者。
魔術の世界に踏み入れた時期も研鑽した時間も生まれも思考も嗜好も違えど、至った結論は、同座標。
「そうです。つまらないのです。
この力は定められたルールを屈折させる力。
他者の筋道すら自然と捻じ曲げる力。
それでは、研鑽などまるで無意味となってしまい、私、エリファ・ルイ・コンスタンが存在しているだけで人は努力する理由も意思と失ってしまう」
それは熱弁と呼んで間違い無いものだった。
それまで淡々と言葉を述べていただけとは思えないほど、熱の籠った己が力の不健全さへの呪詛だ。
「__それでは、面白くないではないですか」
だが
「私は、もっと面白い世界を見たいのです。私では思い至らないような魔術の秘奥を。研鑽を」
やはりそれは破綻者の理論で。
「私の心を満たしてくれない」
自分の事しか考えてない独りよがりの思想で。
「"世界は!もっと!私が楽しめる物でなければならない!"」
「……じゃあ、その能力を使うの勝手にやめろよ」
「普段はそうしてるのですが、貴方は特別です」
「その心は?」
「……普通に考えて、負ける方がつまらないじゃないですか?」
それは、あまりにも簡潔な答えだった。
足し算や引き算の問題よりも、ペンで紙の上にめちゃくちゃに線を書くよりも簡単な答えだった。
物を覚えたばかりの児童でも分かるような答えだった。
限りなく、俗でくだらない答えだった。
「……ハッ。
そこだけ一般人気取るのは……さすがに面白ぇにもほどがあるぜ__ッ!」
だがな、そんな我儘な馬鹿ガキには、一発ゲンコツ落としてやらないと気がすまねぇんだよ。
『……あぁもう仕方ない!一蓮托生だ征矢!
成功率など知るか!ボクは君を信じる!あのバカ女の澄まし顔に、一発痛いのぶち込んでこい!』
「言われなくてもォ!」
ツェークの言葉をエンジンに、拳を固めて駆け出す。
重力の逆転した世界を、しかし羽が生えたみたいに朱鷺色に輝く体で自由に飛び回って、エリファを捉えるべく走り出す!
「えぇ。貴方たちは二人で一つ。その心と力さえあれば、きっとどんな逆境すら跳ね返してしまうのでしょう」
「よく分かってんじゃねぇの!」
『あぁ。ボクと征矢の二人は無敵だ』
「ですから、その繋がりを破壊してしまいましょう」
「__は?」と、口に出すまでの時間は遅すぎて。
気づけばエリファは俺の右手を……正確に言えばその人差し指を摘んでいた。
そこにはアストラルの体越しに一際煌めくダイヤモンドリングの輝きがあって……。
『まず__それはボクたちの契約の証__それに干渉されると__!
「遅い」
ぱきん、と。
呆気ないほど簡単な音を立てて、俺たちの契約の証のダイヤモンドリングは粉々に砕け散った。
「私の力は、繋がりを書き換え破壊する力。
あなた方二人も例外ではありません」
砕け散ったダイヤモンドの破片が、朝の雪のようにキラキラと世界の光を反射している。
数ミリの輝きの喪失が、しかし確かに俺たちの契約の終了を指し示した。
朱鷺色の輝きは鈍くなっていく。
燃えるアストラルが霧散し、消えていく。
ツェークと俺の体が離れ離れになり、一つの霊体から二つの肉体へと戻っていく。
それは不可逆の回帰。
もう二度と我道征矢とツェーク・ヘレムの融合は叶わない事が、理屈では無く直感で分かる。
『征矢__』
離れていく手。さっきまでゼロ距離にいた少女の体が数センチ離れるだけで、こんなにも遠く感じる。
アストラルを失い、天に落ちていく俺たちの体はとても不自由で、次第にどうしようもなく離れ離れになっていくお互いの手を掴む事は出来ない。
「さようなら。我道征矢さま」
つまりこれでお終い。
俺たちの反撃の狼煙は本気を出したエリファには遂に届かず、世界にありふれたバッドエンドで幕を閉じる。
「……あぁ」
逆転した重力。エリファの力だろう。
俺たちは今まさに、天に向かって落下を開始した。
目下には暗黒の宇宙。酸素の無い空間。
そこへ投げ出されれば当然逃れられない「死」。
只人であり、亜人ですらない俺に抵抗出来る事など何一つ無く。
我道征矢とツェークヘレムは、エリファ・ルイ・コンスタンに敗北した。
あぁ、それで?
「____世界精神、再接続」




