第2話
ドワーフのような口髭も蓄えているので、ドワーフが3倍ぐらい大きくなったらこんな感じかなと思えた。この人は知っている。この町でも一、二を争う有名な大工さんだ。確かエバートンさんだったかな。
「おうおう、姉ちゃん凄ぇ力だな。名前何てぇんだい?」
酔っぱらっているエバートンさんは豪快に笑いながら隣の席に着く。ぎしっ、と小さな椅子が折れるのに耐えながらたわんだ。椅子の強度に感心しながら、私は口に物を入れたまま名乗る。
すると、エバートンさんは「ああ」と得心がいったとばかりに膝を叩いた。
「おめぇがドラゴン殺しの回収屋か。女だとは聞いてたがこんなちっこい娘だったのかよ。おおい野郎ども、こっち来い、ドラゴン殺し様だぜ」
エバートンさんが大声を出すと、呼ばれた部下の人たちだけではなく声が聞こえた関係ない人たちまで一斉に私の方を向いてくる。真面目にやめて欲しい。私はエバートンさんをじろりと睨み上げた。
「エバートンさんその『ドラゴン殺し』ってやめてくださいよ、人聞き悪い。追い払いはしたけど殺してないから」
文句を言っている間に部下の人たちがぞろぞろ集まってくる。「あれが有名な」なんて言われるけど、全然嬉しくない。こんなの噂の独り歩きだ。しかもまた女らしくない方向の。
「あん? でも絵師先生の弟子坊主と道具屋の倅が大騒ぎしてたぜ。お前さんが大谷の関所に居座ったドラゴンぶっ飛ばしたって」
なぁ? と同意を求められ、周りに集まった筋骨隆々の男たちが次々に頷いていく。
ああむさくるしいこの構図。
いくら男に振られたからと言って誰彼構わず囲まれたいわけじゃない。いや、私を可愛らしい少女として愛でてくれる男性たちになら囲まれたいが、こんな雄々しい戦士を見るような視線をした連中に囲まれても、嬉しくもなんともない。
「いや……確かに関所にいたドラゴンが邪魔で帰れなかったからどかしはしたけど……でもぶっ飛ばしたのと殺したのとじゃ違うじゃん!」
生まれた時から腕力には恵まれてきたが、殺生は(無邪気な子供の頃に虫や魚にしてきたことを除けば)一度もしたことがない。この違いは重要だ。
この棟梁が先ほどから言っているドラゴンの件だってそうだ。
知能が低いタイプのドラゴンだったので口で言っても聞いてもらえなかったから、思い切り殴って怖がらせて追い払ったに過ぎない。
それを見ていたらしい者たち――主に先ほど話題に上がった絵師の弟子と道具屋の倅――が英雄譚を語るがごとく言いふらした結果、大きな尾ひれ背びれがついてしまって今に至っている。
「ドラゴンを素手で追い払えるってだけでも十分称号にぴったりだと思うけどなぁ」
集まった部下たちの誰かが言った言葉を受けて反射的にそちらを向き睨みつけると、ひぃっ、とその方面から悲鳴が多数上がった。背後ではエバートンさんががっはっはっと豪快な笑い声を上げて「まあそう怒んな」と背中を叩いてくる。
「それにしてもエレンよぉ、お前さん、そんだけの身体能力があるんなら大豊穣祭でもトップ狙えるんじゃねぇか? 参加したらどうだ。お前に賭ければ稼げそうだ」
遠慮なく叩いてくる分厚い手を片腕で受け止めて、私はじと目でエバートンさんを見上げた。
「それ出るの男の人ばっかりだし、女の人だってトップ狙って出るのは腕に自慢のある現職冒険者とかその辺りじゃないですか。何で私が」
「そん中でも、危険なダンジョンにひとりで入って素材をごっそり持って帰って来られる奴や、ドラゴンを素手で追い払える奴はそういねぇと思うぜ」
笑いながら話を遮られる。ごきゅごきゅと喉を盛大に鳴らしてグラスを傾けるエバートンさんの頬はすっかり赤くなっていて、完全に酔っぱらっていることが察せられた。
これだから酔っぱらいは……。私はため息をついて今話題に出された祭りについて思考を巡らせる。
大豊穣祭。それは、海の実りと平穏を感謝し三日三晩行われる大規模なお祭りのこと。
始まった頃はただの大きなお祭りだったが、ある時から「海の神にお見せする催し物」として生身で走る障害物付きのレースが開催されるようになったのだ。それは年々規模を増し、現在では多額の賞金が出る目玉のイベントとなっている。
中にはそのレースのことを大豊穣祭だと思っている観光客もいるくらいだ。直前まで参加申し込みが出来るという門戸の開きぶりゆえに、毎回多くの観光客が記念にと参加している。おかげで、レースが開催される2日目は年々観光客が増加していた。
一方で変わらないこともある。
レースは今なお魔法や魔法道具の使用が一切禁止の生身による競い合い。「研鑚の結果だから参加出来ないのは不公平」との声も上がっているが、今の所その主張が通る予定はないらしい。
何せどんなに娯楽色が強くなっても、レースはあくまでも「神様へ捧げる感謝」が大前提。人が自らの肉体で力を示すということは変えてはいけない指針だ――そうだ。
そういう意味では、魔法も魔法道具も使っていない私は、確かに大豊穣祭のレースには有利だろう。
けれど、私は別にそんな大金必要としていないし、生まれた場所だから今更記念にも何もない。何より、そんなイベントに参加したらまた余計に「女らしくない」と言われてしまう。しかもより多くの人の前で。そんなのはごめんだ。
「エレン、お前出ろって。俺が代わりに申し込みしといてやるからよ」
「知ってる奴らはあんたに賭けそうだが、知らない奴らも大勢いるから、こりゃ稼げそうだぜ」
「祭りが開催されるまでの2ヶ月の間休業したらどうだい? そうすりゃ他の連中の印象も少し薄れるかもしれねぇ」
わいわいがやがやと、エバートンとその一派は私に勝手な意見を言い募る。
いい加減イライラしてきて思わずフォークを持つ手に力が入った。ぴしり、と入ったひびが広がる前に、隣からふわりと芳香が漂う。思わず見上げれば、樽型ジョッキを手にしたノーマさんが立っていた。
ノーマさんは目が合うとにこりと笑いジョッキを机に置いてくれる。お礼を言うとまた柔らかく微笑んでくれた。
ああ、こんな女らしさが欲しかったな……。
うっすらと涙が浮かんだ双眸で見上げていると、ノーマさんはこんな仕事をしているのにほんの少し荒れただけの白い指先で頬を撫でてくれる。
それから、笑みを浮かべたまま顔を上げた。……うん? 今笑顔が変わった気がする。なんというか、その、怖い。
本能で恐怖を感じ取り固まっていると、ノーマさんは大きくペンを振った。すると、まだ私の参加についてわいわい話しているエバートンさんたちの前にでかでかとした文字が現れる。
『本人が望まない話題で傷心中の乙女を囲まないでくださいね?』
「傷心中の乙女」という単語に嬉しかったり恥ずかしかったり。
同じところに目がいったエバートンさんたちは「こいつが乙女って柄か」という類のことを言って笑い出した。
こいつら殴ってやろうか。怒りのままがたりと立ち上がろうとする。
だが、実行には至らなかった。それより早く、ノーマさんがもう一度ペンを振って、さっきよりも大きな「ね?」という文字を出す。
浮かべ続けられる笑顔の圧力も助けてか、男性たちは少しずつ笑顔をひきつらせはじめ声を落としていく。
最終的には、エバートンさんがごっほんと咳払いをして立ち上がり、「野郎ども戻るぞー。傷心中の乙女の邪魔はしちゃならねぇ」と白々しい言葉を残して戻っていった。
最後にちゃんと「悪かったな、でも期待してるぜ」と謝りつつも諦めない姿勢を見せていくところは、いっそ天晴れだ。
むさくるしい面々がいなくなると、場は一気に静かになる。とはいえ、周りの雑談の音は消えないので「比較的に」という話だが。
「ノーマさん、ありがとう」
笑顔を向けると、ノーマさんもいつもの笑顔を返してくれた。それから、私の目の前で小さくペンを振る。
『どういたしまして。もしよければ、この後飲みに行かない? 私今日は後30分で上がりなの』
お買い物に、というお誘いはよくされるしするが、外に飲みに行く、というのは初めてだ。
どうかしら、と首を傾げるノーマさんの気遣いを感じて、私は笑顔で「行く」と返事をした。




