↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/22

第1話


 彼女と出会ったのは大体半年前。行きつけの食堂・金のうさぎ亭に新しく入ったとおかみさんに紹介された。


「この子生まれつき喋れないらしいんだけどね、ほら、この魔法道具で会話は出来るから、よろしくしてやってちょうだい」


 大きな港町の食事処を経営しているだけに、このおかみさんは細かいことは気にしない性質(たち)だ。


 しっかり働いてくれるならどんな種族でもどんな過去があっても受け入れるので、従業員は多種多様。この女性も、どうやらその一員に仲間入りらしい。


 ハムスターの頬袋よろしく魚を含んでもぐもぐと口を動かしながら見上げると、女性がペンの形をした魔法道具を振る。


 遅れて空中に「よろしくお願いします」と(つづ)られ、女性は明るく微笑んだ。


 花が咲いたように華やぐ空気に素直に「美人さんだなー」と呆けてから、私は魚を喉の奥に飲み落とす。


「ようこそ、海と精霊と生きる町ホルトレーアへ。私エレン・ダルトリー。おねーさんのお名前は?」


 町の口上を述べてにっと笑い返して右手を差し出すと、女性はペンを持ちかえてまず握手に応じてくれた。それから、再度ペンを振り空中に「ノーマ・サムウェル」と書き出す。


「ノーマさんっていうんだ。何か困ったことあったら言ってね、私力だけはあるから。よろしく」


 力こぶを作って見せると、女性――ノーマさんは嬉しそうに笑ってくれた。それが始まり。






 それから私たちは時々言葉と文字で話をするようになり、お互い色々なことを知った。


 たとえば、ノーマさんは22歳で、私より3歳年上。


 家族はお父さんとお母さんとお姉ちゃんが4人いるらしい。外の世界が見たい、と家を出て、この町に来たのだと言っていた。


 末っ子なのにしっかり者なことを褒めたら、お姉ちゃんたちが暴走しやすい性質だから、その後始末に追われることが多かったんだ、と遠い目をして教えてくれた。


 私の話も彼女にしている。


 今年19歳になること、家族はおじいちゃんとおばあちゃんとお父さんとお母さんとお兄ちゃんと弟。


 おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんはドワーフで、お母さんが人間なので、私たち兄弟の種族はハーフドワーフになる。そのことを話した時はびっくりされたけど、これは実はよくある。


 私はお母さん(人間)の血が強いので見た目は普通の人と変わらない。ただ、スタイルの良いノーマさんと比べると背は低くやや寸胴気味なので並んだ時はちょっとショックだったりする。


 唯一ノーマさんに勝てているのは胸の大きさくらいかな……。この話はおかみさんにされて、その時はノーマさんの方がショックを受けてたっけ。


 そんな感じに色々な話を交わしていき、私たちは日を追うごとに良い友達になっていった。


 私の感情が変わったのは、今から約2か月前。


 その日、私は生まれて初めて出来た彼氏に僅か3週間で振られた。理由は私の大雑把すぎる性格と余りまくる力のせいだ。


 「慣れてない感じが可愛いかと思ったけど、今はもう女として無理」とはっきり言われた時、耐え切れず涙が浮かんだ。


 悔しくて、感情のまま彼が寄りかかっていた木を殴り倒してしまった。木には大変申し訳ないが、人体を殴らなかっただけの冷静さをその時残していたことを褒めてほしい。


 そんな感じで失恋した私はやけ食いのために金のうさぎ亭に行き、予定通りやけ食いを始めた。


「どうしたんだい、そんな馬鹿みたいに食って。子豚にでもなるつもりかい」


 呆れたようにそんなことを言いながら、70を超えるのにしゃっきりしている大おかみさんは注文した料理を次々に持ってくる。私がそれなりに稼いでいることを知っているので、「本当に払えるのか?」という心配はしていないらしい。


 その信頼はありがたいことだ。そんな茶々を入れられてやけ食いを邪魔されてはたまらない。


「やけ食いだよやけ食い! あんにゃろう言うに事欠いて『女として無理』とか! 私だって服とか髪とか頑張ってたじゃんか!」


 赤毛の首までの長さの髪は、彼に会うまでばさばさだった。海風に晒され、いつでも紐で高く結っているのに、まともなお手入れをしてこなったツケだろう。今でもまださらさらとは言い難いけど、それでも以前に比べればだいぶ柔らかくなっている。


 日に焼けた肌の手入れもするようになった。服だって兄や弟のおさがりじゃなくてちゃんとした女物を買うようになった。彼のために、頑張って「女の子らしさ」を磨いていたのに。それなのに。


「あーーーーーーっもう!! あんな奴のために使ってた時間がもったいないっ!!」


 悔しさは耐えがたく、叫ぶ言下に拳を机に叩き付けてしまう。その途端、大きな木を分厚く輪切りにして加工してある机が激しい音を立てて二つに割れた。


 乗っていた皿が次々に落下しては割れ、周囲には木の欠片が飛散する。同じテーブルの離れた所で食べていた海商のおじさんたちに怒鳴られて素直に謝るけど、涙が浮かんだ目は自然とおじさんたちを睨んでしまった。


 昔トレージャーハンターだったという母は、怒りを発する時大男すら怯えさせる威圧感を出すのだが、男家族たちが言うには私もそこは似ているらしい。今おじさんたちが顔をひきつらせて後ずさったのはそのせいだろう。本当にごめんなさいでも今は無理です。


 割れた机の片方を両手で掴み、全身に力を入れて水平にする。それから少し引きずって、もう片方の上に被さるように置いた。


 きちんとした水平ではないが、まあこれで再度皿は置けるだろう。掃除に来たホブゴブリンたちに場所を開け、私は少しずれた場所に椅子を持っていき再度座り込んだ。


 その前に、心配そうなブラウニーたちが料理を置いて行ってくれる。良き家にこっそり居つくと言われる妖精たちがこうして堂々と手伝いに出るのだから、この金のうさぎ亭は大した店である。


「エレンー。あんたそれ皿と机の代金も請求するからね」


「ごめんなさいってば! 机は後で作って持ってくるよ!」


 客同士の喧嘩が日常茶飯事なお店だけに、大おかみさんは私の蛮行にも平然としていた。


 やけ食いを再開しながら答えればしゃあしゃあと「兄ちゃんに加工してもらいな」と上乗せしてくる。くそー、お兄ちゃんの家具作りの腕は一級品なんだぞ。この机6つ買えるぐらい高いのに……。


 商売人な大おかみさんに良いようにやられた気もするが、嫌だと言える立場ではない。私は帰ったら兄に頭を下げることを決めた。


 うちの家族は、祖父がガラス工、祖母が紙細工の職人、父が宝石の加工商で、母はそれらの販売担当、兄は家具職人、私は素材回収屋で、弟が自警団の団員をしている。


 子供の頃から兄にはべったりだったので私も基本的な家具の組み立ては出来るのだが、大おかみさんはそれでは不満らしい。――というより、元の机の代金で一級品の代物が手に入る機会を逃す気がないらしい。


 足元を見られた情けなさと、そんなことをしてまで兄の技術の結果が求められている嬉しさに何とも言えない複雑な気持ちになる。これはもう飲むしかない。


「おかみさーん、お酒ちょうだーい」


 大声で声をかけると、樽型ジョッキを両手で4つ抱えて歩いていたおかみさんは威勢よく返事をしてくれた。この国の成人は18歳。私ももう飲める年だ。


 お酒を待つ間持ってこられた料理を次々に口に運んでいると、大きなグラスジョッキを持ったまま縦にも横にもがっしりしたおじさんが近付いてくる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。