7.王女のスキャンダルとアニータの提案
部屋から両親がいなくなった後、ソラリスはアニータを朝食に誘った。ようやく朝日も昇り、ちょうど食事時だ。
両親がいきなりやってきたせいで中途半端になっていた身支度をきちんと終えてから、ソラリスはアニータと向かい合って座る。すると、アニータは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「驚きましたわ。まさか、お姉さまが一目惚れをなさるなんて」
侍女のアスティナが用意した紅茶を飲みつつアニータが微笑む。ソラリスは「誰のせいよ?」と言いたくなるのをぐっと堪えながら、穏やかに目を細めた。
「しかも、お相手はレジナルド・セスティーナ様でしょう? 今頃国中が大騒ぎでしょうね」
「あら、そうなの?」
首を傾げてそう返事をしたものの、元々それが狙いである。
「お姉さまは国民から慕われておりますもの。結婚相手にどんな男性を選ぶのか、興味津々に違いありませんわ」
アニータは見るからに上機嫌だった。表面上は『いとこの恋を喜び、応援している』だけだが、時戻りを経験したソラリスにはアニータの本音が痛いほど伝わってきた。
(アニータは本当に、私のことを疎ましく思っていたのね)
ソラリスのスキャンダルに興奮し、早朝だというのに部屋まで乗り込んできたのがその証拠だ。巻き戻る前に気づかなかっただけで、もしかしたら、これまでにも似たような行動があったのかもしれない。
今回は少しずつアニータのメッキを剥がしていけるだろうか? そうすればソラリス以外の人間にもアニータの企みを知らせることができるだろうか? ――生き残ることができるだろうか? そう思いつつ、ソラリスは侍女たちが朝食を並べる様子を観察する。
(さすがに、現時点では毒は盛られてないわよね)
時を戻してから、ソラリスは食事をするのが怖くなってしまった。食べる物も飲む物も、細心の注意を払ってから口にしている。
元々、ソラリスの食事には全て毒見がついているが、アニータはそれをすり抜けソラリスに毒を盛った。それはひとえにアニータが侍女を含むみんなの信頼を得ていて、ソラリスに直接お茶を振る舞える立場にあったからだとわかっているが、警戒してしまうのは仕方がない。
(今後は絶対にアニータが淹れるお茶は飲まないんだから)
ソラリスは食事を始めるアニータの様子を伺いながら、密かにそう誓った。
「ねえ、アニータは応援してくれるのよね? 私とレジナルド様のこと」
「もちろんですわ。わたくしはお姉さまの意思が一番大事だと思っておりますもの。愛のない政略結婚より、恋愛結婚が一番ですわ」
「そうよね」
アニータならそう言ってくれると思っていた。ソラリスは目尻を下げて笑うと、少しだけ胸を撫で下ろす。
今のところ、全てがソラリスの思ったとおりに進んでいる。両親を落胆させてしまったのは心苦しいが、生き延びるためだから仕方がない。バージルが次の王として世間に支持され、ソラリスの身の安全が確保されてから、なんらかの形で償いをするしかないだろう。
「そういえば、わたくしとバージル様の婚約披露パーティーの日取りが決まりましたの」
と、アニータが話題を切り出す。ソラリスは身を乗り出して日程を尋ねた。
「今からひと月後のわたくしの誕生日ですわ」
「あら、それは楽しみね」
巻き戻る前と同じ日であることを思い出しながら、ソラリスは微笑む。
「それで、お姉さまにご提案がございますの」
「提案?」
なにかしらと尋ねながら、ソラリスは密かに身構えた。
「会には是非、レジナルド様と出席していただきたいのです」
「レジナルド様と?」
ソラリスは目を瞬きつつ、アニータの様子を注視する。
「ええ。お披露目会には両陛下も出席してくださいますもの。レジナルド様をお二人に紹介できれば、きちんと婚約について検討してくださるのではないかと思いまして」
「なるほど……それもそうね」
そう返事をしたものの、ソラリスにはアニータの魂胆が見え見えだった。
(つまり、私とレジナルド様の仲を世間にアピールして、後戻りができないようにしたいのよね)
そうすれば、ソラリスの評判をさらに下げることもできるだろう。アニータからすれば一石二鳥。是が非でも実現させたいはずだ。
「それでは、レジナルド様に相談してみるわね」
「ええ、楽しみにしておりますわ」
アニータはそう言って天使のような笑みを浮かべた。
***
ソラリスは『アニータの婚約披露パーティーに同席してほしい』とレジナルドに手紙を送った。けれど、レジナルドからはすぐに承諾するのではなく『詳細を聞きたい』と返事が来る。
(それはそうよね)
レジナルドも既に記事の内容は把握しているだろう。ソラリスの熱愛相手として、自分が世間の注目を浴びていることも。
そんな状況で、未来の国王の婚約披露パーティーに二つ返事で出席するのは躊躇われるのだろう。王族に近づきたいとか、政治や経済で成功し名を上げたいといった野心のある人物ならばいざしらず、レジナルドにはそういった欲はなさそうだ。
それに加えて、まだ少し会話を交わしただけだが、ソラリスはレジナルドが慎重な人物だと察していた。
「アスティナ、出かけるから準備をお願い」
「はい、姫様。本日はどのようなドレスをご希望ですか?」
アスティナが尋ねる。ソラリスはニッと口角を上げ、両頬に人差し指を当てる。
「私を別人に変身させてほしいの」




