6.レジナルド・セスティーナという男/後編
「殿下は結婚相手に女性好き――というより、悪い噂のある男性をお望みなのですか?」
レジナルドが尋ねる。どうやら彼に隠し事はできそうにない。ソラリスは少しだけ躊躇った後、小さく頷いた。
「お見込みのとおりよ。私は早く結婚して王室を出たいと思っているの。それから、自分の国民からの人気を下げたいとも。それで、レジナルド様と婚約することを思いついたの。一目惚れで伴侶を選んだら、王女としての自覚が足りないと言われるだろうから……」
「なるほど、そういうことでしたか」
レジナルドは特に気分を害した様子はなく、寧ろ楽し気に目を細めた。
「容姿の良い男性は俺の他にもたくさんいます。けれど、高位貴族や優秀だと評判の者ではダメだということですね? 国民が反対するような男が良い、と」
「有り体に言えばそういうことよ」
「けれど、どうして? 国民からの支持は多ければ多いほどいいでしょうに」
「――以前は私もそう思っていたわ。だけど……」
ソラリスはレジナルドをチラリと見る。
時を戻したことやアニータに毒殺されかかったことを、ソラリスはまだ誰にも話していない。信じてもらえないと思っているからだ。
アニータは傍からは人畜無害で慈愛に満ちた天使のような女性にしか見えない。彼女をよく知る人間ほど、ソラリスの意見に賛同するだろう。ソラリス自身、あの時アニータと交わした会話の内容を未だに信じられないし、受け入れられないのだ。それなのに、両親やバージルに打ち明けることなど考えられない。
(それに、私が上手くやりさえすれば、アニータは毒を盛ったりしないはずだもの)
だから、アニータのことはソラリス一人の胸に秘めておくつもりだった。――そうしたいと思っているはずなのだが。
「王女の私が国民からの支持を得ることを良く思わない人もいるのよ」
「なるほど……継承権絡みのお話ですか」
事情を全て説明したわけではないのに、レジナルドはある程度の状況を察してくれる。ソラリスは静かに目を瞠った。
「今度は私に質問をさせて。あなたはどうして、悪評が流れるような振る舞いをしているの? あえて、なのよね?」
レジナルドの評判は、顔は良いが頭が悪く、女好きで遊んでばかりの放蕩息子。文官や騎士として働いているわけでもない。跡取りではないから貴族籍に残ることもできないし、婿としての引き取り手でも現れなければ路頭に迷うのではないか――といったものだった。
けれど、目の前にいるレジナルドは聡明だし、遊んでばかりいるような人にはとても見えない。だとすれば、そんな噂が流れるように自分で調整をしていると考えるのが普通だ。
「違いますよ、殿下。俺は世間の噂通りの男です。女好きで遊んでばかりのどうしようもない人間ですから」
「だったら――あなたが噂通りの男性だというなら、私と婚約をしてちょうだい。婚約後もあなたの生活は何一つ変える必要はないから。女遊びをしようが仕事をしなかろうが、私は絶対に文句を言わない。加えて、それなりに裕福な生活は保障するし、結婚まで漕ぎ着ければお父さまが爵位を下さるはずだから、あなたに損はないと思うの」
ソラリスが真剣な表情でレジナルドを見つめる。レジナルドは片眉を上げてから、小さくため息をついた。
「元より断れるとは思っていませんよ。今まで通りの生活を続けていいなら、俺に異論はありません。けれど、両陛下の説得に俺は関与しなくて良いんですよね?」
「問題ないわ」
ソラリスが自信満々に頷く。
レジナルドは仕方がないな、という表情を浮かべた後、ソラリスと軽く握手を交わした。
***
ソラリスがレジナルドに会いに行った翌日のこと、新聞の一面にとある記事が掲載された。
「これはどういうことだい、ソラリス!?」
まだ日も昇りきっていないというのに、両親がソラリスの部屋を訪ねてくる。ソラリスは微笑みながら「なにがですか?」と返事をした。
「君が男性に会いに行ったと――熱愛発覚と記事が出ているんだよ」
「まあ、事前に王室へ確認もなくそんな記事が出てしまったのですか?」
驚いたふりをしながら、ソラリスは内心で『計画通り』だと思う。
毒を盛られた時ほどではないものの、時を戻った現在のソラリスも国民からの人気が高いため、行動を追われていることはわかっていた。若い男性――レジナルドの屋敷に赴けば、なにかしら記事が出るであろうことも。
「確かに記事の事前確認はなかった。後で厳重に抗議しなければ! ……いや、今はそんなことを言っているんじゃないんだ。ソラリス、君は本当にレジナルド・セスティーナに会いに行ったのかい? 彼と、その……」
「ええ、会いましたわ。一目惚れをしたので、婚約してほしいと伝えに行ったのです」
ソラリスは真顔で両親に答える。明らかに傷ついている二人を見て、少しだけ胸が痛んだ。
(ごめんなさい、お父さま)
けれどこれは、ソラリスが生き残るために必要なことなのだ。たとえ王室全体の評価を下げることになろうとも、ここで止まるわけにはいかない。
「ひ、一目惚れ? 私のソラリスが?」
「ええ。先日夜会でレジナルド様をお見かけして、彼のことが忘れられなくなってしまったのです」
両親は唖然とした表情でソラリスを見つめる。理性的なソラリスらしからぬ言動や行動が受け入れられない様子だ。
「けれど、他にも素敵な男性はたくさんいるのだし、彼じゃなくても……私たちが君にふさわしい人を必ず見つけるから」
「お父さま、私はレジナルド様がいいのです」
ソラリスは必死だった。ここでレジナルドとの婚約を完全に否定されてしまえば、覆すことは難しくなる。
記事が出た時点で、ソラリスの評判は多少落ちるかもしれないが、それだけでは十分とはいえないだろう。
「お姉さま、いらっしゃいますか?」
と、扉の向こうからアニータの声が聞こえてくる。両親が止める間もなくソラリスが入室許可を出すと、アニータは瞳を輝かせながらこちらに駆け寄ってきた。
「記事を拝見しましたわ。お姉さまに好きな人ができたなんて……本当に喜ばしいことです」
アニータはソラリスの両手を握り、とても嬉しそうに笑う。
「おじさまもおばさまも、そう思いませんか?」
「それは……」
ソラリスの両親は気まずそうにアニータから視線を逸らした。
二人が平民だったなら、子どもの初恋を手放しで喜べただろう。けれど、ソラリスは王女で、感情だけで生きてはいけない存在だ。国民が納得する結婚相手を選ばなければならない。
「レジナルド様は貴族でしょう? 二人の結婚になにか問題がございますか?」
「貴族ではあるが……評判があまり良くない。それに、新興の家柄だから、重臣たちからの承認が得られづらいだろう」
「けれど、お相手を名門から選ぶとなれば候補者があまりにも多いですし、あちらを立てればこちらが立たないといった状況にも陥りそうな気がしますわ」
アニータの物言いはあくまで控えめで、押しは弱い。けれど、その分耳を傾けたくなるような妙な力を有していた。
(予想どおり。アニータは私の味方をしてくれたわ)
ソラリスの評判を落とし、王室から追い出す絶好の機会なのだから、逃すわけがないと思っていた。こんなにも動き出しが早かったのは想定外だが、ソラリスからすれば願ったり叶ったりだ。
「お父さま、お願いします。私とレジナルド様の婚約を認めてください」
「……」
ソラリスの父親は渋い表情を浮かべてから、小さくため息をつく。
「検討はする。けれど、期待はしないでくれ」
期待していたとおりの返答に、ソラリスは瞳を輝かせるのだった。




