5.レジナルド・セスティーナという男/前編
(結婚……結婚か)
私室に戻ったソラリスは、アニータとの会話を思い出しながら、ひとり思い悩んでいた。
巻き戻る前、ソラリスが結婚について検討したことはない。そこまで急ぐ必要はないと思っていたし、結婚相手を選ぶのは自分自身ではないとも考えていた。王女の結婚は国益や今後の政治にも影響を与えるのだから、いつか両親が選んだ相手に嫁ぐのだろうと。
けれど、そのせいでアニータから殺されそうになるなら話は別だ。
(私に王位を継ぐ気がなく、王室を去る意思があることを早急に示さなければ。そのためには、お相手選びを急がなければならない)
誰と結婚するのがいいだろう?と考えはじめたところで、ソラリスは大きく首をひねった。
(あまり高位な貴族はダメよね。王室を出た後も政治に介入したがっていると思われたくないもの)
結婚後も元王族として公務の支援はせざるを得ないが、できる限り控えめに、アニータの反感を買わずに生きていきたい。となると、重臣の息子や高官などの政治関係者は避けたほうが良いだろう。もちろん、アニータ以外の人間は、ソラリスにそういった男性と結婚を望んでいるのだろうが。
(それなら地方に領地を持っている男性と結婚すべきかしら? そうすれば王都から離れられるから……いいえ、それも危険ね。私が嫁ぐことで領地がこれまで以上に栄えたら、アニータがなにをするかわからないもの)
どれもこれも本当に起こるかはわからない、あくまで可能性の話だ。けれど、懸念事項はできる限り潰しておきたい。あんな風に苦しむのはもうゴメンだ。
(とすれば)
ソラリスは記憶を手繰り寄せながら、白紙に何名分かの名前を書き記す。それから、一つ、一つと名前を消していき、最後に一つ名前が残ったところで「よし」と小さくつぶやいた。
***
それから数日後、ソラリスはとある貴族の屋敷を訪れていた。目の前にはお目当ての若い男性が座っている。
「はじめまして。王女殿下が俺にどんな御用ですか?」
男性はそっと目を細めながら、ソラリスに向かってそう尋ねた。テノールの甘い声、神秘的な薄紫色の瞳の持ち主だが、柔和な笑顔のせいか、どこか親しみやすい雰囲気がする。彫刻のように美しく整った目鼻立ちに均整の取れた体つき、男神もかくやという恵まれた容姿の持ち主だ。星の光を集めたかのような銀の髪をゆるりと一つに結び、宝飾品は着けずにシャツとズボンのシンプルな服装だが、こなれた着こなしのためにオシャレに見える。
彼の名前はレジナルド・セスティーナ。まだ歴史の浅い伯爵家の三男で、ソラリスの三つ年上の二十歳男性だ。
「単刀直入に言うわ。あなたに私と婚約をしてほしいの」
「婚約?」
レジナルドは目を丸くして、まじまじとソラリスを見つめた。
「俺とですか? どなたかとお間違えでは?」
「いいえ、あなたで間違いないわ。先日夜会で見かけて、一目惚れしてしまったの」
ソラリスは微笑みながらレジナルドを見つめ返した。
「一目惚れ、ね」
レジナルドは顎に手を当て、少しだけ首を傾げている。王女から突然求婚されたのだから、驚くのは当然だ。けれど、好意を寄せられることには慣れている様子なので、ソラリスは『噂通り』だと内心で思う。
「王女が一目惚れをするのは変かしら? 私はあなたのその美しい顔を、隣でずっと見つめていたいの」
「……いいえ、変ではありません。ただ、俺は王女殿下と同じ夜会に参加した覚えはないと思いまして」
レジナルドはそう言ってふわりと笑った。けれど、おっとりとして見える表情とは裏腹に、目は用心深くソラリスの様子を伺っている。
「お忍びで参加した夜会だったの。あなたが覚えていなくても無理はないわ」
「またまた。こんな美人を見かけていたら、絶対忘れられませんよ」
レジナルドがそっと身を乗り出す。ソラリスは「そんなふうに言ってもらえて嬉しいわ」と返事をした。
(手放しで婚約を受け入れると思っていたのに)
驚いたり、困惑されるだろうとは思っていたが、疑われるのは想定外だった。
ソラリスがレジナルドを結婚相手に選んだ理由はいくつかある。
一つ目は彼が女好きという噂の絶えない男性だったから。しかも、上の優秀な兄二人とは違って、勉強にも武術にも興味を示さず、いつも遊んでばかりなのだという。つまり、レジナルドはこの国において最も評判の悪い若い男性だった。
そんな男性を伴侶に選べば、国民はソラリスを批判するだろう。顔だけで夫を選ぶなんて王女失格だと――間違いなく人気は落ちる。次の王をソラリスに、といった声も上がりようがない。
そうすれば、アニータはソラリスを殺そうとは考えないはずだ。
「――そもそも、王女の結婚相手を『一目惚れ』なんかで決めて良いのですか? 両陛下の許しは? 当然得ていらっしゃらないのでしょう?」
(鋭いわね……)
レジナルドへ結婚の打診をしたのは、完全にソラリスの独断だ。まだ両親には相談すらしていない。すれば反対されるのは目に見えているし、別の好条件の男性を勧められかねない。
それではソラリスは困るのだ。
だから、先に当事者であるレジナルドをその気にさせて、あわよくば一緒に両親を説得してもらおうと思っていた。それに、協力は得られずともレジナルドさえ結婚を受け入れてくれるなら、ソラリスには勝算がある。
(もしも私がレジナルド様と婚約を希望していると知ったら、アニータは間違いなく賛成するはずだもの)
ソラリスの降嫁を誰よりも願っているのはアニータだ。しかも、結婚によりソラリスの株を大きく下げられるのだから、協力しないわけがない。
「レジナルド様は私と結婚するのは嫌ですか?」
質問されたことには答えず、ソラリスはレジナルドに問いかけた。
現時点で彼に婚約者がいないことはわかっている。加えて、レジナルドには特定の恋人はおらず、ソラリスが毒に倒れるまでの間に婚約に発展した女性もいない。ソラリスの提案を断る理由はないはずだ。
真っ直ぐに目を見つめると、レジナルドは少しだけ表情を和らげる。
「嫌というわけではありません。殿下は美しい女性ですし、王族との結婚は大変名誉なことですから。ただ、間違いなく裏があるとわかっているのに、提案をそのまま受け入れるのは危険だと思っています」
「そう……あなたは私が想像していた男性とは少し違うみたい」
ソラリスが呟くと、レジナルドは不敵な笑みを浮かべた。




