4.敵情視察
アニータは城から程近い壮麗な屋敷に住んでいる。彼女の母親はソラリスの父親である現国王の妹で、今から二十年前に建国時から続く名門貴族に降嫁をした。
王族の人数が少ないこともあって、アニータの母親には降嫁をしてからも公務の一部を手助けしてもらっており、ソラリスとも頻繁に交流をしている。温厚な性格で、野心とは無縁の聖女のような女性だと評判だし、オシャレ好きということもあって社交界への影響力も大きい。
そんな女性の娘だからこそ、アニータは完全に無害だとソラリスは思い込んでいた。けれど――。
(今となっては、アニータの家族は誰も信じられないわね)
誰がどのような形で自分の毒殺に関わっていたかわからないし、どんな本音を隠し持っていたのか想像するだけで恐ろしい。それに、自分より年下のアニータが一人で毒を準備したとも考えづらい。協力者がいたと仮定して然るべきではないだろうか?
(――決めつけはよくないわ。まずはしっかりと情報収集しなければ)
ソラリスは気を引き締めて前を向いた。
「お姉さま! 来てくださったのですね」
屋敷に着くと、すぐにアニータの部屋へと案内された。幼い頃から何度も行き来をしているため、使用人たちもソラリスの突然の訪問に驚いたりしないし、丁寧かつ友好的に受け入れてくれる。
「本日はどうなさったのですか?」
「アニータとバージルの婚約をお祝いしたかったの。かわいいいとこ二人が結ばれることも嬉しいし、我が国の未来の王妃が決まったのだもの。真っ先に直接おめでとうを言いたいじゃない?」
ソラリスはそう言って柔らかく微笑む。
(……なんてね。前回は慣れない公務に忙殺されて、お祝いの品は手紙と一緒に屋敷へ届けてもらったから)
「お姉さまからそんなふうに言っていただけて、とても嬉しいですわ。わたくしに王妃の大役が務まるか自信はないのですが……」
「――アニータで務まらないというなら、我が国の王室は滅んでしまうことになるでしょう?」
「まあ……お姉さまったら」
(どうしてこれまで気づかなかったんだろう?)
ソラリスはアニータを控えめな女性だと思っていた。自分は決して目立たず常に男性を立て、天使のような笑みを浮かべ続けている、と。
けれど、アニータの言葉や表情から、自信と強い自己愛が滲み出ている。とはいえそれは、ソラリスが時戻りを経験したからこそ感じ取れるようになっただけで、よく観察しなければわからない程度のものなのだが。
「お父さまが今度、わたくしたちの婚約祝いパーティーを開いてくれるんです。お姉さまも当然来てくださいますよね?」
「もちろん、喜んで出席させていただくわ」
アニータが言及したパーティーには、前回も参加をしている。あのときは、ただひたすら二人の婚約が嬉しかったし、楽しく過ごした記憶しかないのだが。
「あの……お姉さまは今回のパーティーに、どなたかと一緒にいらっしゃいますか?」
「え?」
尋ねられ、ソラリスは思わず目を丸くする。
(そういえば、前回も全く同じ質問をされたわね)
婚約祝いパーティーに限らず、アニータは夜会が開かれるたびに『誰と参加するのか』と尋ねてきた。ソラリスにとってはどうでもいい質問だったし、ソラリスが出席する夜会は仕事絡みのものが多かったため、パートナーに困ることはほとんどなかった。たとえ私的な参加だとしても、アニータの弟たちもいるし、一人で参加できる会も多いため、基本的にお相手選びに困ることはない。
「そうね……あなたの婚約祝いなのだから、お父さまやお母さまと出席させていただくわ」
実際、一度目のソラリスは両親と共に参加した。それは王女として当たり前の行動で、それ以外の選択肢はないように思えたのだが……。
「そうですか。いえ、わたくしはその……」
「どうかしたの?」
アニータが躊躇うような素振りを見せる。ソラリスはそっと目を細めながら、アニータに続きを促した。
「ごめんなさい。お姉さまもそろそろ婚約を考えていらっしゃるんじゃないかと思ったものですから」
アニータはそう言って頬を染める。ソラリスは大きく目を瞬いた。
(なるほど……最初からそれが聞きたかったのね。そういえばアニータは前から私の結婚問題に興味津々だったわ)
話の流れは違えども、婚約予定について尋ねられたのは一度や二度じゃなかったし、遠回しに異性との交友関係を尋ねられたり、男性を紹介されたこともあった。
ソラリスとしては、結婚を急ぐ理由はないし、じっくりといい人を見つけたいと思っていた。国民から急かされでもすれば話は別だが、そういった声も上がらなかったし、公務もあるから検討を先送りにしていたというのが実態なのだが。
「そう……やっぱり結婚て早くしたほうが良いのかしら?」
アニータの真意を探るためにソラリスが質問をする。
「国民はみな、お姉さまの幸せを願っておりますもの。素敵な方と巡り会えたと知ったら、喜ぶのではないでしょうか?」
「そうかしら?」
「もちろんですわ。とはいえ、お姉さまが王室を離れたら、寂しくなってしまいますけれど……」
(これが理由か!)
ソラリスは思わず天を仰ぎそうになりながら、ゆっくりと大きく深呼吸をした。
(なるほど。アニータは私をさっさと降嫁させて、王室から追い出したかったのね)
だからこそ、婚約の予定や相手について何度も尋ねてきたのだ。控えめな雰囲気のせいでこれまで気づかなかったが、思い返してみれば、相当執拗にこの話題を持ち出されている。
確かに、ソラリスが王室を去れば、王位継承権がどうこうと騒がれることはないだろう。前回のソラリスは結婚について話を進める気が全くなかった上、国民に爆発的な人気を集めてしまったことから、アニータを毒殺へと突き動かしてしまったのだ。
「……そうね。私もそろそろ結婚についてしっかりと考えなければならないわよね」
ソラリスが真剣な顔つきでそう言うと、アニータはこれでもかと言うほど大きく頷く。
「そうですよ、お姉さま! 是非検討なさってください。わたくし、お姉さまの幸せを心から応援させていただきますわ」
力説するアニータに、ソラリスは内心苦々しく思うのだった。




