27.ソラリスの祈り
二人は誰にもバレることなく屋敷の外に出た。ファルコンの指示で捜索は数班に分かれている。『川を見に行ったのではないか』というソラリスの発言は、彼らにとってあくまで推測でしかないので、川辺を集中的に探しているわけではないはずだ。
(けれど、子どもたちはきっと川辺にいる)
巻き戻る前に話をした生き残った男の子によると、二人は水量の増えた川に石を投げたりおもちゃの船を浮かべて遊んでいたらしい。けれど、そうしているうちに氾濫して帰り道がなくなり、木の上に登っていたそうだ。けれど、弟が足を滑らせ川に落ち、帰らぬ人となってしまった。
(本当は私に巻き戻る前の記憶があると伝えたほうが話が早い)
そのほうが人員を川辺に集めることができ、効率的に捜索ができるからだ。けれど、『巻き戻った』なんて話しても、信じてもらえる可能性は低いだろう。第一、この緊急事態に一から十まで状況を説明するのも時間が惜しい。
それに、子どもたちが前回と違う行動を取っている可能性だってある。どこから探すべきか迷う場面だが――。
「ソラリス様、川の上流へ向かいましょう。子どもたちは高台に住んでいるという話でしたよね?」
「ええ」
レジナルドの提案で、二人は川の上流に向かう。彼はソラリスの推測と、子どもたちの状況とを突き合わせて捜索場所を選んでくれた。
昼間に比べて雨は多少弱まっていた。けれど、暗くて視界が悪いし、レインコートだけでは雨を全て防ぎ切ることができない。レインブーツを履いたものの、隙間から雨が入り込んでくるので、足が濡れて芯から冷えてしまう。
(だけど、きっと子どもたちはもっと心細いし、恐ろしい思いをしている)
ソラリスは自分を奮い立たせて移動する。
川の上流に着くと、ソラリスはぐるりと周囲を見回した。捜索部隊は近くにおらず、人気はないように感じられる。
ファルコンたちが補強した甲斐あり、川は氾濫しきらず、ギリギリのところで留まっている。けれど、川の流れがあまりにも早く、落ちればあっという間に流されてしまうだろう。
「レジナルド様、木の上を重点的に探してください」
「木の上ですか? わかりました」
レジナルドはソラリスの指示をすんなりと受け入れてくれた。それぞれライトを持ち、木の上を照らしながら声をかける。
「おーーい、誰かいませんか?」
「助けに来たわよ!」
ソラリスたちは大声を上げた。けれど、川の轟音に遮られ、自分たちの声すらよく聞こえない。
「ここにはいないのかしら?」
「わかりません。けれど、もう少し探してみましょう」
ソラリスとレジナルドは移動をしながら、もう一度声を張り上げる。そのとき、風に乗って微かに音が聞こえてきた。それは小鳥のさえずりにもよく似た、少しだけ高い声だ。
「レジナルド様、今の」
「ええ」
二人は大声で子どもたちを呼んだ――すぐに返事は返ってこない。
けれど、ややしてから「助けて」とか細い声が聞こえ、ソラリスたちは顔を見合わせた。
「あっちのほうだわ」
「急ぎましょう」
ソラリスとレジナルドは急いで声がした方へ向かう。声をかけながらライトを順に当てていくと、反対側の大きな木の上に子どもが二人身を寄せ合っているのを見つけた。
「助けて!」
子どもたちはソラリスたちに気づくと、泣きながら声をかけてくる。レジナルドは微笑みながら「今行くからね」と二人に声をかけた。
「レジナルド様、どうしましょう?」
反対側に向かうには、川を渡らなければならない。下流の方に町へ繋がるルートはあるが、迂回をすると三十分以上かかるし、そちらのほうが水の量が断然多い。移動したところで子どもたちの元に辿り着けない可能性は十分ある。二人は川の流れがまだ穏やかなうちに反対側へ渡り、戻れなくなってしまったのだろう。
「ソラリス様!」
とそのとき、背後から大声で名前を呼ばれた。ファルコンだ。彼は勢いよくレジナルドに掴みかかると「なぜソラリス様を連れ出した!」と声を荒げる。
「止めなさい、ファルコン。レジナルド様は悪くない。全て私が頼んだことよ」
「ソラリス様、しかし……」
「今はそんなことを話している時間はありません。これは命令です。止めなさい、ファルコン」
ソラリスの命令を受けてファルコンは渋々手を離し、ゆっくりとレジナルドに向かって頭を下げた。
「ファルコン、子どもたちを見つけたの。あの木の上よ」
「本当ですか!?」
ファルコンたちは驚きに目を見開いて、子どもたちを見上げる。
「岸の反対ですか……」
「ええ。それで、レジナルド様とどうやって助けるかを話していたの。岸の向こうへ行くためには時間がかかってしまうでしょう?」
「そうですね、ソラリス様のおっしゃるとおりです。しかし……」
ファルコンは川の様子と子どもたちとを交互に見ながら、そっと視線を逸らす。
「今の状況では、対岸に向かうことができません」
「どうして?」
ソラリスは愕然としながらファルコンに尋ねた。
「下流では既に氾濫が起きています。迂回をしても子どもたちのところに辿り着くことができないのです」
「そんな……!」
せっかく見つけられたのに、打つ手がないということなのか――ソラリスは両手で口元を押さえた。
「本当に、本当にどこにもないの?」
「ここへ来るまでの間に地元の人間に確認したから間違いありません。流れが早いため、川を渡ることもできませんし」
「本当に、どうしても無理なの?」
「ええ、あまりにも危険すぎます。下手に動けば被害が拡大してしまうかと」
あまりにも申し訳なさそうな表情のファルコンを見て、ソラリスは膝から崩れ落ちた。
(ファルコンがこんな風に言うんだもの……本当に無理なのね)
騎士たちは人命救助も想定した特殊な訓練を受けている。状況を判断し、適切な作戦を組み立てるのだってファルコンたちの大事な仕事だ。その彼が無理だと言うなら、本気で打つ手はないのだろう。
「申し訳ございません、ソラリス様。しかし、状況が変われば動くことはできるようになります。子どもたちにはあの木の上でじっとしてもらい……」
そのとき、対岸からバキッと大きな音が聞こえてきた。次いで子どもたちの悲鳴が響き、ソラリスはヒッと息を呑む。二人が乗っていた枝が折れて今にも落下しそうになっているからだ。
「助けて!」
子どもたちが大声で叫ぶ。ソラリスの瞳に涙が溜まった。
(どうしよう)
二人のことはなんとしても助けてあげたい。けれど、ファルコンたち騎士や他の人間を危険に晒すわけにもいかない。
どうしてこんなことになってしまったのだろう? 自分がもっと早くに気づけていたら――と考えたところで、ソラリスはハッと顔を上げる。
(そうだわ、時を戻すことができたら……)
そうすれば、二人を無事に連れ戻すことができる。誰も傷つけずに済むかもしれない。
ソラリスは目を瞑って両手を握り合わせた。
(お願い。どうか巻き戻って。神様……!)
時間を巻き戻したときのことを思い出しながら、ソラリスは必死に祈る。けれど、あのときとは違い、待てど暮らせど自分にも周囲にもなんの変化も起こらない。
(ダメなの?)
己の両手を呆然と見下ろしながら、ソラリスは唇を噛んだ。悔しくて苦しくてたまらない。自分は無力なのだと思い知り、涙がポロポロと零れ落ちた。
「そんな顔をしないでください」
と、レジナルドがソラリスの肩を叩く。見れば彼の腰にはロープが巻き付けられていた。
「レジナルド様? 一体なにを……?」
「俺が行きます。必ず子どもたちを助けますから」
「そんな、無茶よ!」
ソラリスは思わず声を荒げた。
「訓練を積んだ騎士たちが無理だと言っているのよ? 素人のあなたにできるはずがないじゃない」
「そんなことは重々承知しています。けれど、ここで動かなければ一生後悔することになるに違いありません。俺自身も、ソラリス様も。違いますか?」
レジナルドがソラリスの頭を優しく撫でる。ソラリスは両手で顔を覆い隠した。
(レジナルド様の言うとおりだわ)
もしも今、なにもしなければ、ソラリスは一生後悔することになるだろう。巻き戻る前よりも余程大きな十字架を背負うことになるし、生涯心から笑えないかもしれない。
けれど、万が一レジナルドを失うことになってしまったら――?
ソラリスの心臓がドクンと大きく鳴り響く。
(嫌)
レジナルドの頬にそっと触れながら、ソラリスは首を横に振った。
「大丈夫ですよ。運は良い方なんです。そうじゃなければ、ソラリス様の婚約者候補になることなんてできないでしょう?」
「……そうね」
ソラリスは不安を押し隠して微笑む。レジナルドはソラリスの額にそっとキスをした。
「生きて帰らないと許さないわ」
「もちろんです。ソラリス様を一人にはしませんよ」
レジナルドはそう言うと、川へ向かっていった。




