26.二人
レジナルドの求めに応じ、すぐにファルコンや他の騎士が領主の屋敷へやって来た。彼らはソラリスが勝手に部屋を出たことを怒っていたが、今はそれどころではないと気持ちを切り替えてくれる。
「手分けをして探しましょう」
こういうときの采配は、騎士団長であるファルコンに任せるのが一番だ。彼は領地の使用人も含めて動ける男手を数人一組に分け、捜索エリアと各々の役割を指示していく。
「俺は……」
「レジナルド様はソラリス様を見張っていてください」
ファルコンはレジナルドに向かってそう指示した。
「本当は私が残って、ソラリス様を直接お守りしたいのです。けれど、今は緊急事態ですから、あなたを信じて託すしかありません。いいですか? 絶対に外へ出さないでください。ソラリス様も、よろしいですね?」
ファルコンはレジナルドへ、それからソラリスに向かって言い聞かせると、他のメンバーを率いて屋敷から出かけていった。
ソラリスは広間とは別に、領主が用意してくれた部屋に通された。「落ち着くように」と侍女たちが茶を出してくれたが、指先が震えて飲むことができない。
「ソラリス様、今は信じて待ちましょう」
レジナルドはそう言ってソラリスの手を握った。彼はカタカタと震える指先を落ち着かせ、温もりをそっと分け与えてくれる。
「……怖いの」
ソラリスはポツリとそう漏らした。それはファルコンが指示を出している間もひとことも言葉を発することができなかったソラリスが、ようやく零せた本音だった。
「どうして気づけなかったの? どうしてもっと、早くに動き出せなかったのかしら? 私がちゃんとしていたら、こんなことにはならなかったのに……」
「ソラリス様がご自分を責める必要はありません。寧ろ、あなたのおかげで助かった方がたくさんいます。現に、広間にも大勢の人が……」
「私は――私だけが知っていた! 助けられるはずだったの。私さえきちんと思い出せていたら……」
「ソラリス様」
レジナルドがソラリスを抱きしめる。ソラリスの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「お願いです。もうそんな風に自分を責めるのは止めてください。俺まで悲しくなってしまいます」
「だって……だって……」
「あなたは一人じゃありません」
ソラリスは弾かれたように顔を上げる。レジナルドはソラリスの頭を撫でながら、そっと目を細めた。
「俺がいます。俺がソラリス様についています。ですからもう、自分一人で全てを抱え込む必要はないんです」
「レジナルド様……」
「不安も弱音も、全部俺に吐き出してください。俺が受け止めます。ソラリス様を決して一人にはしません。ですから、そんな風に自分を責めるのは止めてください」
そう口にするレジナルドの表情はとても優しかった。彼の優しさに、温もりに甘えてもいい――ソラリスは一人じゃないのだと思えてくる。
(私にはレジナルド様がいる)
段々とソラリスは落ち着きを取り戻し始めた。震えが止まり、凍えた指先が温まり、呼吸が整っていく。ふう、と一呼吸ついたところで、レジナルドがソラリスの背中をポンポンと撫でた。
「ごめんなさい、私ったらまるで子どもみたいだったわね」
ハッとして、バツが悪そうに笑うソラリスに、レジナルドはゆっくりと首を横に振る。
「なんだか恥ずかしいわ。レジナルド様に甘えきってしまって。これでは神殿の子どもたちと同じね」
「いいえ、ソラリス様」
レジナルドはソラリスの手を握り、真剣な表情で見つめた。
「あなたは俺にとって、たった一人の大切な女性です」
「え……?」
思いがけない言葉にドキドキと心臓が高鳴っていく。引っ込んだはずの涙が、先程とは違う温度でソラリスに襲いかかってきた。
「な、な……」
レジナルドはなにを言っているのだろう? ソラリスは顔を真っ赤に染めながら、彼から急いで顔を背ける。
「言葉だけでは伝わりませんか?」
「や、そ、そんなことないわ。だけど……」
逃さないとばかりにレジナルドの顔が近づいてきて、ソラリスの瞳をじっと覗き込んだ。けれど、ソラリスは反射的に両手で顔を隠す。自分でも今、どんな表情を浮かべているかがわからない。レジナルドには見せられない。見せたくないと思った。
「さすがに意地悪が過ぎましたね」
と、レジナルドが言う。ソラリスはパッと顔を上げ「そうよ」と返す。ホッと息をつき、平常心を取り戻せるよう胸に手を当てる。
「知り合ってから今日までからかわれてばかり。レジナルド様って本当に……」
けれど、ソラリスの言葉は続かなかった。頬に柔らかな感触――レジナルドの唇が触れたからだ。
「なっ……」
「これでもまだ、ただの意地悪だと思います?」
レジナルドが微笑む。揶揄するような笑みだが、瞳は優しく、ソラリスを慈しんでいるのがわかる。心臓が高鳴るのが止められない。どう返事をするべきなのか――ソラリスはまたもや反応に困ってしまった。
「――さて、元気になっていただけたところで」
すると、レジナルドが改まった様子で話を切り出した。ソラリスは背筋を伸ばして、レジナルドに向き直る。
「ソラリス様、あなたはこれからどうしたいですか? 本当の望みはなんですか? 俺はそれを叶えたいと思っています」
レジナルドがそっと窓の外を見る。外は暗さを増し、もうすぐ夜になろうとしている。
「私は――」
ソラリスはレジナルドを見た。
弱音も不安ももう十分吐き出した。怖がるだけではなにも始まらない。
本当は部下を信じて待つことが王女である自分の仕事なのだろう。けれど、ソラリスはそうはしたくない。レジナルドはそんな自分と一緒にいてくれると――一人で抱えなくていいと言ってくれた。ソラリスは静かに目を細める。
「守られるだけのお姫様でいるのはもう嫌。だから、ついてきてくれる? もしかしたら、行き先は地獄になるかもしれないけど、それでも」
「構いませんよ。お供します」
レジナルドはそう言ってソラリスの手を握った。ソラリスは彼の手を握り返すと、ゆっくりと前を見ながら立ち上がる。
(私はもう、後悔なんてしない。絶対に)
ソラリスはレジナルドと微笑み合い、急いで出かける準備を始めた。




