25.領主の屋敷
ソラリスはレジナルドと共に町を点検して回った。どうやら領主の指示は行き届いており、殆どの場所で必要な対策がなされている。
「あとは避難の対象者が領主の屋敷に揃っているかね」
ザーザーという雨音に負けないよう、ソラリスは声を張ってそう言った。
「急ぎましょう。この雨の中、長時間外にいるのは本当に危険です」
川から離れているこの場所でも、水が溜まって踝まで濡れてしまっている。
「領主の屋敷に到着して領民たちの無事を確認したら、俺たちもそのまま滞在させてもらいましょう。ソラリス様の見立てでは、明日が一番危険な日なのでしょう?」
「ええ」
レジナルドに手を引かれて歩きながら、ソラリスが頷く。
「でしたら、宿に戻ってくるのは得策ではありません。夜になれば視界が更に悪くなりますし、安全第一でいきましょう」
「わかったわ」
そう答えたものの、その頃には宿の部屋に自分がいないことがバレているだろうとため息をつく。遅くなったときのため、机の上に『領主の館にいるから探しに来ないで』と手紙を残してきたものの、後で泣かれてしまうのは間違いない。なにか埋め合わせを考えなければと思いつつ、ソラリスは足を早めた。
屋敷に到着すると、領主はびっくり仰天しながらソラリスのことを出迎えてくれた。
「殿下! このような雨の中、どうして……」
「ごめんなさい。どうしても自分の目で、領民たちの無事を確かめたかったの」
受け取ったタオルで雨を拭いながら、ソラリスは真剣な表情で訴える。領主は瞳を潤ませながら「ありがとうございます」と頭を下げた。
「さあ、どうぞこちらへ。避難した領民たちは広間に集まっております。ご確認いただいている間に、お風呂と新しいお召し物を準備させていただきますので」
領主の案内を受け、ソラリスはレジナルドと共に広間へ向かう。そこにはたくさんの領民たちが集まっていた。
普段は夜会などの華やかな催しのために使われる場所だが、今は壁に沿って点々と敷物が敷かれ、そこに家族ごとで集まっているようだ。
「ソラリス殿下だわ……!」
「殿下!」
「もしかして、私たちを心配して……?」
避難者たちがソラリスを見て声を上げる。彼らもまさか王族がこんなところに現れるとは思っていなかっただろう。しかも、ソラリスもレジナルドもびしょ濡れだ。驚きと感嘆の入り乱れた声を聞きながら、ソラリスはそっと目を細める。
(良かった)
自分の指示通りに避難が進んでいることがわかり、ようやく安心することができた。それから、避難者の顔ぶれを順に確認していく。
時を戻る前、土砂崩れで家族を失ったと話していたおばあさんの隣に、旦那さんらしき人が座っている。他にも、家が半分川に流され、命からがら逃げ出したと話していた人や、前回の慰問時に顔を見た覚えのない人もおり、ソラリスは泣きそうになってしまう。
(私がやってきたことは、無駄じゃなかったんだわ)
自分が動くことで、色んな人に迷惑をかけているのかもしれない。それでも、ヘライジャの領民を助けたいというソラリスの想いは叶った。良かったとソラリスは肩を震わせる。
「ソラリス様、髪がまだ濡れていらっしゃいますよ。ちゃんと拭かなければ風邪を引きます」
と、レジナルドがソラリスの頭にすっぽりとタオルを被せた。泣いていることに気づいて、隠してくれたのだろう。
「……ありがとう」
「いいえ。……良かったですね」
表情は見えないが、レジナルドが微笑んでいる気配がする。ソラリスは頷きつつ、そっと目を細めた。
ソラリスは領民たちに「大変でしたね」と声をかけながら確認作業を進めていく。領主に作成させた避難対象者のリストと、時戻り前の記憶とを突き合わせながら、抜けや漏れがないかを見ていった。
(リストの対象者は全員揃っている。でも……)
なぜだか胸がざわざわする。ソラリスがそう思ったとき、屋敷の扉が叩かれた。そこにはびしょ濡れになった一人の女性がおり、使用人たちが急いで出迎える。
「大変でしたね。もう大丈夫ですよ」
「さあ、中に入って……」
「む、息子が! 息子が二人、こちらに来ておりませんか?」
「……え?」
彼女の顔を濡らしていたのは雨だけではなかった。ボロボロと涙を流しながら、女性は床に膝をつく。
「今朝からどこにもいないんです! ずっと探しているのですが、見つからなくて。もしかしたら他の方と一緒に避難しているのではないかと思って、それで……」
ソラリスは急いで女性の元へ向かった。彼女の顔を見るなり思わず大きく息を呑む。
(そんな……)
この女性のことはよく覚えている。時を戻る前、水害で息子の一人を失ったと話していたからだ。
『どうして目を離してしまったんだろう。どうせ死ぬなら私が良かったという気持ちがこびりついて消えないのです。もっとあの子の笑顔を、成長を見ていたかった。あの日、あのときに戻れたらどんなにいいか……』
女性の話を聞いて、ソラリスは涙が止まらなかった。あのときほど『もっと自分に力があれば良かったのに』と思ったことはなかったのに。
「いなくなったのはいつ頃ですか?」
「起きたときにはベッドからいなくなっていました。うちは高台にあるので、避難は必要ないから家でじっとしていようと話していたのですが」
レジナルドが女性から事情を聞いている。ソラリスは動悸を必死に宥めながら、女性を見つめ、過去の記憶を呼び戻す。
(そうだわ、あのとき)
女性には息子が二人いた。そのうち亡くなったのは一人だけだった。生き残った男の子がソラリスに打ち明けてくれたこと、それは――。
「二人で川を見に行ったのかもしれません」
ソラリスが言う。全員が弾かれたようにソラリスを見た。
「普段と様子が違うから面白いと……そう思ったのかもしれません」
言葉にしながら、全身から血の気が引いていく。指先が氷のように冷たくなり、体の震えが止まらない。
「急いで探しに行きましょう。人手は多いほうが良い。ファルコン様たちにも事情を伝えてきます。ソラリス様、それでよろしいですね?」
「ええ……」
レジナルドから確認され、ソラリスはおずおずと頷く。周囲のざわめきを聞きながら、ソラリスはぎゅっと手を握り合わせた。




