24.ソラリスの強行
翌日には更に雨が強くなっていた。傘をさしていても服や靴が濡れてしまうほどで、「これは用事があっても外に出たくないな」とレジナルドがボヤく。
(領民たちは避難をしてくれたかしら?)
昨夜の時点で領主の館への避難が確認できたのは、高齢者や障害者のいる家庭だけだった。小雨だったため仕方がないとは思うものの、ソラリスはもどかしさを感じてしまう。
なお、ソラリス一行が宿泊しているのは山からも川からも離れた高台であり、建物もしっかりしているために避難の必要はない。それでも、絶え間なく続く雨音を聞いたり、昼間なのに薄暗い窓の外を見ると、どうしても恐怖を感じてしまう。
「戻りました」
とそのとき、出かけていたファルコンが宿へと戻ってきた。建物の入口で水分を拭ってなおびしょ濡れな彼を労いつつ、ソラリスは町の様子を尋ねる。
「川の水位はかなり高くなっておりました。我々が補強していなければ、今頃溢れ出していたことでしょう」
「ありがとう。本当にあなたたちのおかげよ」
「我々が事前に動けたのはソラリス様の慧眼とご指示があってこそでございます! 本当によくぞ大雨を予見してくださいました」
ソラリスがお礼をいうと、ファルコンは誇らしげに胸を張り、次いで崇拝の眼差しをソラリスに向けた。
「それで、堤防はもう少し持ちこたえられそう?」
「わかりません。けれど、私自身、身の危険を感じましたし、しばらく川の様子を見に行くことは控えたほうがいいと判断しました」
「そう」
恐怖で心臓がドキドキと鳴り響く。ソラリスは両手をぎゅっと握り合わせた。
「町の――避難の状況を確認したいわ」
「では私が……」
と、ファルコンが前へ躍り出る。しかし、ソラリスは首を横に振った。
「私がこの目で直接確認したいの」
「姫様!」
「ソラリス様、いけません。危険すぎます」
従者たちが一斉にソラリスを止める。返事は事前にわかっていたものの、ソラリスは思わずムッとしてしまう。
「皆が私を止める理由はわかっているわ。私は王女だもの。だけど……」
目を瞑ると、時を戻る前の記憶がありありと蘇ってくる。
大事な農作物が流され枯れてしまった人、がけ崩れで家と家族を失った人、家が浸水して生活ができなくなった人――たくさんの人が涙を流し、悲しんでいた。
あのときソラリスは、彼らの気持ちを聞き、寄り添うことしかできなかった。けれど、今のソラリスなら、なにかできることがあるかもしれない。
「ソラリス様の気持ちは痛いほどわかります。けれど、どうかご理解ください。ご指示をいただければ我々が必ず代わりに遂行いたしますので」
ファルコンが縋るような目でソラリスを見つめる。ソラリスは「わかったわ」と答えるしかなかった。
宿の部屋で一人になったソラリスは、ため息をつきながら窓の外を見つめた。バケツの水をひっくり返したような――という表現がぴったりの大雨である。
よくよく思い返してみれば、ソラリスはこんな雨の中を歩いたことがない。王族である彼女は元々殆ど外出しないし、馬車移動が基本だから当然だ。傘すら侍女が差し出し自分で持たせてもらえないほど過保護に育てられている。だから、この状況で外に出たら、どんな風になるかがきちんと想像できていないのかもしれない。けれど――。
ソラリスは密かに用意しておいたレインコートを取り出し、服の上に着た。それから窓を開けてロープを家具にくくりつけて階下に垂らし、ゴクリと大きく唾を飲む。
(怖い。でも行かなくちゃ)
ソラリスはゆっくりとロープをつたって下に降りた。幸い屋根のおかげで視界は確保されているし、手元が狂うことはない。地面に慎重に降り立つと、ソラリスは安堵のため息をついた。しかし――。
「やっぱり、いらっしゃると思っていました」
背後から声が聞こえて、ソラリスはビクッと体を震わせる。恐る恐る振り返ると、そこにはレジナルドが立っていた。
「ど、どうしてここに?」
「先程『納得していない』という表情をしていらっしゃいましたからね。絶対に諦めず、町へ出かけるだろうと思っていました。けれど、ソラリス様は他人に迷惑をかけることが嫌いでいらっしゃいますから、騎士たちが見張っているであろうドアから正面突破はなさらないはずだと。とすれば、こうして窓から出てくる可能性が高いと思って見張っていました」
レジナルドは困ったように笑いながらソラリスの頭上に傘を差し出す。
「あなたには何でもお見通しなのね。本当に驚いたわ」
ソラリスは大きく息を吸うと、ガックリと肩を落とした。
(レジナルド様はこのまま見逃してはくれないわよね)
王女の自分に何かあれば、責任を問われかねない。ソラリスの独断専行なら多少大目に見てもらえるだろうが、知っていて止めなかったなら最悪死刑だ。だからこそ、ソラリスは危険を犯してまで部屋から抜け出したのだが、見つかってしまったなら仕方がない。やはり、諦めなければならないのだろう――そう思ったとき、レジナルドがポンと頭を撫でる。
「急ぎましょう。このままここにいても、余計に濡れてしまうだけです」
「え……?」
「町へ向かうのでしょう?」
ソラリスがゆっくりと顔を上げる。見ればレジナルドは優しい笑顔を浮かべており、目頭がツンと熱くなった。
「いいの?」
「良いか悪いかでいうなら、決して良くはありません。結構命がけですしね。けれど、これはソラリス様がどうしてもしたいことなのでしょう?」
レジナルドはそう言ってソラリスに手を差し出してくる。大きく頷きながら、ソラリスは涙を零した。
「でしたら、俺がお供しますよ」
二人は手を繋ぎ、ゆっくりと歩き始める。レインコートや傘で遮っていても、雨粒は冷たいし、容赦なく体力を奪っていく。けれど、ソラリスの心はとても温かかった。




