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23/30

23.雨

 ヘライジャに来て数日が経った。地図を片手に領民たちと交流を重ねたものの、ソラリスは段々と自信がなくなってきた。というのも、ここ数日のヘライジャは雨季だというのにとてつもなく天気に恵まれていたからだ。



「きっとソラリス様がいらっしゃっているからですね」


「そうですよ。王族の皆様がお出ましになると、どんな雨雲も去ると聞いたことがございます」



 領民たちからそう声をかけられたが、ソラリスは心から笑うことができない。


 巻き戻る前のヘライジャの天気を覚えていたら良かったのだが、日記もリセットされているし、記憶も定かでなかった。もちろん何事も起こらないのが一番だが、今回はレジナルドや騎士たちも巻き込んでしまったし、申し訳なさが立ってしまう。



(けれど、私が巻き戻ったことで天気にまで影響はないはずだから)



 無駄になる可能性はあれど、今は自分を信じて対策を進めるしかない。



「ソラリス様、少し休憩しましょうか」



 そんな風に焦ったときには決まって、レジナルドが息抜きに誘ってくれた。レジナルドはソラリスから地図や資料を取り上げると、お茶を飲むように促してくれる。彼はソラリスが考え事をやめられないときには何気ない雑談を振って頭を空っぽにしてくれたし、何も考えたくないときには黙って側にいてくれた。


 調査のときにもソラリスがなにを考えているのか、これからどうしたいかを推測して助けてくれるし、避難や災害の備えを領民たちに促すときにも、会話も上手く誘導してくれる。まるで自分が二人いるかのようで、仕事がやりやすいし心地が良い。これまでより一緒に過ごす時間が長いこともあり、ソラリスはレジナルドとの距離が近づいたように感じていた。


 けれど、これを快く思っていない人物がいた。ファルコンだ。



「今頃は両陛下の耳にもお二人が一緒にいらっしゃる報告が届いていることでしょう。幸い記者はこのことを嗅ぎつけていないようですが、レジナルド様が王都に陛下に呼び出されるのは時間の問題ですね」



 川の様子を見に行くたびに、ファルコンは不満を口にする。そのたびに苦笑しながらソラリスはファルコンを宥めた。



「そう言わないで、ファルコン。レジナルド様には無理を言って付いてきてもらったのよ」



 それが『アニータに水害対策をしていると怪しまれないため』とは言えないが、ソラリスの要請なのだと明言すると、ファルコンの不満は多少静まる。それでも、レジナルドに対してネチネチ嫌味を言うのは止められないらしく、ソラリスは苦笑してしまった。



「ソラリス様は本当に色んな方から愛されていますね」



 ファルコンからの嫌味の応酬を交わしながら、レジナルドが言う。ソラリスは思わずレジナルドを小突いた。



「ちゃんと自覚しているから、からかうような言い方をするのはやめてちょうだい」


「おや、自覚がありましたか」


「――レジナルド様」



 ソラリスがムッとすると、ファルコンが驚き目を丸くする。またもや自分らしくない振る舞いをしてしまったことに気づき、ソラリスは居住まいを正した。



「そういえば、ここに来て明日で一週間ですね」


「ええ」



 レジナルドが話題を変えると、ソラリスは更に表情を引き締める。

 空は快晴だが、元々の計画では領主に大雨が迫っていることを伝えようとしていた時期だ。本当に進めるべきか迷いがないわけではないが、対応が遅れて被害が出たら元も子もない。



 翌日、ソラリスはレジナルドとともにもう一度領主の元を訪れた。領主は快くソラリスたちを出迎えると、町での過ごし方について尋ねてくる。



「領民たちが大変喜んでおりました。ソラリス殿下が興味深く色んな話を聞いてくださる上、自分たちの生活を直接見てくださっていると」


「そう言ってもらえて嬉しいわ。貴重な体験をさせてくれてありがとう」


「とんでもないことでございます」



 領主はニコニコと笑いながら、ソラリスに向かって丁寧に頭を下げた。



「それで、大切なお話とは?」



 先程までとは打って変わり、少し緊張した様子で領主が尋ねてくる。ソラリスはレジナルドに目配せをしたあと、そっと身を乗り出した。



「これから三日後、ヘライジャに大雨が降るの」


「大雨、でございますか?」



 領主は驚きを隠せない様子で、ソラリスを見つめた。



「しかし、空は綺麗に晴れ渡っておりますし……」


「そう思うのも無理はないわ。けれど、王都で気候の専門家に学んだことがあって――」



 ソラリスは『本当に雨が降るのだろうか』という不安を全く顔に出さず、領主に対して天気についての知識やこれから起こることを説明した。説明をしているのがソラリスということもあり、領主は最初から真剣な表情で聞き入っている。



「なるほど、状況について承知しました。すぐに領民たちへ知らせを出しましょう」



 領主が側で話を聞いていた使用人に目配せをすると、彼らはすぐに行動を始めた。



 翌日、ヘライジャに雨が降り始めた。とはいえそれは小雨程度で、外出ができないわけでも生活に支障があるわけでもない。



(領民たちは大雨への備えを進めているかしら?)



 ソラリスが領主に依頼をしたことは数点ある。


 一つ目は領民たちへ大雨について知らせること。それから、大雨への備えを促すこと――例えば玄関の前に土嚢を用意させたり、長持ちする食料を蓄えさせたり、自宅の周りや避難経路を確認させたりする。

 そして、川の近くや崖の周りに住んでいる領民には、領主の屋敷に避難するよう案内させた。



『具体的にはこのエリアに住んでいる数十人と、この辺の住人たちが対象ね』



 領主への説明を行う際、ソラリスは調査の際に使用した地図を彼に見せた。そこには実際に見なければわからない細かな情報が書き込まれており、領主は大きく目を見開く。



『まさか、殿下御自ら調べて回ったのですか? もしや、領民たちとの交流もこのために?』



 ソラリスは曖昧に微笑むことで返答を避けたが、領主は目を輝かせながら地図を見つめ、その感動を言葉にする。

 けれど、領民たちが領主の――ソラリスの言うことを信じてくれるとは限らない。



(どうか被害が起きませんように)



 ソラリスはそう祈るしかなかった。


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