22.レジナルドの気持ち
翌日も、ソラリスはレジナルドと一緒に町の中を見て回った。領主から貰った地図を片手に、実際の地形を確認しながらソラリスは色んなことを書き込んでいく。
「この辺は地盤が弱そう……大雨が降ったら危ないわね」
(確か、時を戻る前に被害はなかったはずだけど)
今回大丈夫でも、次の大雨や台風のときに被害がないとは言い切れない。警戒してしかるべきだろう。
「こういった知識はどちらで?」
「王女としての教育の際にひととおりね。けれど、私が持っているのは浅い知識だけよ。本当は専門家に見てもらうのが一番なんだけど、今回は私の目で現地を確認しておきたかったから」
赤字のたくさん書き入れられた地図を覗き込むレジナルドを見つつ、ソラリスは僅かに眉を下げた。
「こんなことに付き合わせてごめんなさいね。退屈でしょう?」
明確な目的を持って動いている自分とは違い、レジナルドはどうしてこんなことをするのかイマイチわかっていないだろう。地図を見ながらただ歩くという行為は疲れるだろうし、楽しいとは思えないはずだ。
「いいえ。これまでにない経験ですし、とても新鮮ですよ」
けれど、レジナルドはそう言って微笑んでくれた。それだけでソラリスの気持ちが少しだけ楽になる。
「ありがとう。だけど、もしも疲れたら一人で宿に戻って構わないから。……そうだわ。せっかくこんなに遠出をしたのだし、フューエン地方の中央街を見てくるのも楽しいと思うの」
「――ソラリス様は俺に気を使いすぎです」
レジナルドはクスリと笑うと、ソラリスの頭をポンと撫でた。
「普段子どもたちを相手にしているのですよ? 体力はある方なのでご心配なさらず。それに」
レジナルドはそこで言葉を区切ると、ソラリスの手を優しく握る。
「どうせ観光をするなら俺はソラリス様と一緒がいいです」
「あなたはまた……! 本当に女誑しね」
思わずドキッとしつつ、ソラリスはふいと視線を逸らした。
「俺の素直な気持ちですよ。一人で名所を見ても面白くありませんし」
「それはそうかもしれないけど、レジナルド様は言動や仕草がいちいち思わせぶりなのよ。勘違いをした女性があなたの悪評を立てるのも仕方がないと思ってしまうわ」
「……なるほど」
レジナルドは少しだけ目を丸くし、ふむとしばし考え込む。
「それでは、今後は気をつけるようにいたします。ソラリス様以外の女性に勘違いをさせてはいけませんからね」
「……別に、私はあなたの行動を縛るつもりはないわ」
ソラリスはレジナルドに移動を促しながら、小さくため息をついた。
「レジナルド様を私の事情に巻き込んでしまって、色々と迷惑をかけている自覚はあるの。けれど、私はあなたに損だけをさせるつもりはない。身分や金銭面でのメリットは用意できるし、やりたいことを制限したりしない。他の女性と遊びたいなら、私が止めることはないし――」
そのとき、レジナルドがソラリスの口を手のひらでそっと塞ぐ。ソラリスは思わず目を見開いた。
「そんな寂しいことを言わないでください」
そう口にしたレジナルドの表情は、今にも泣き出しそうに見えた。いつものように軽口を叩いて笑い飛ばしてくれればいいのに――つまりこれは彼の本音だと伝わってきて、ソラリスの胸が小さく軋む。
「その……気に触ったなら謝るわ」
「俺への謝罪は不要です。けれど、ソラリス様には俺の気持ちを知っておいてほしいと思っています」
「レジナルド様の気持ち?」
ソラリスの質問にレジナルドはコクリと頷く。
「ソラリス様は王位継承争いを避けるために俺と婚約する道を選びました。俺の役割はソラリス様の降嫁先になること、それから人気すぎるあなたの評判を落とすことだと理解しています。けれど俺は――あなたに対して誠実でありたいと思っています」
「レジナルド様……」
なんと返事をすれば良いのだろう? 困ってしまったソラリスを見かねて、レジナルドは笑顔で助け舟を出してくれる。
「ソラリス様に何かをしていただきたいというわけではないんです。ただ、俺がどうありたいかを知っていただければそれで構いません」
「そう……」
それから二人は調査に戻った。しかし、歩いて回りながらソラリスは先程の会話について考えてしまう。
(レジナルド様が評判通りの男性でないことは私が一番よく知っている)
彼が家族に求められた役割を演じてきたこと、そのせいで無能な遊び人というレッテルを貼られてしまっただけであろうことも。
だとしても、その噂を頼りにレジナルドに婚約を持ちかけたソラリスが、彼に不自由な思いをさせてはいけないのではないだろうか? もしもソラリスに関わらなければ、レジナルドにいつか好きな人ができて、その人と結婚をしていたのかもしれないのだし。
(いいえ――その未来は私と一緒にいても叶いうるものよ)
ソラリスは己の評判を落とし、降嫁して、王族を抜けられればそれでいいのだ。目的を成就してからレジナルドと離婚をすれば、そこから十分好きなように生きてもらうことが可能だ。別に、ソラリスに対して誠実である必要などないというのに、レジナルドはそうでありたいと言ってくれているのだ。
ソラリスの心臓がトクンと小さく鳴る。
自分の気持ちもレジナルドの気持ちもよくわからない。けれど、戸惑いの中にほんの少しだけ嬉しいという気持ちが紛れているのはどうしてだろう?
(いけない。今は調査に集中しなければ)
大雨まで、残された時間は限られている。ソラリスは気持ちを切り替えることにした。




