21.畑
町に下りると、ソラリスは早速行動を開始した。
「こんにちは、これはなんのお野菜ですか?」
「ううん? これは……って、えっ! ソラリス殿下!?」
一人と会話を始めれば、すぐに他の領民たちが集まってきた。王族が町に来ることなんて滅多にない。しかも、フューエン地方の中央街ではなく、その周辺にある自分たちの町に来るだなんて信じがたい。領民たちが驚き嬉しく思うのは当然だった。
「殿下! ソラリス殿下!」
「驚きました。うちの特産品はもうお召し上がりになりましたか? 畑の見物をご希望とは嬉しいです!」
「どうぞ、お席をご用意しますので、ゆっくりとご覧ください」
ソラリスは微笑みながら領民たちと交流する。けれど、畑についての説明を聞きながら、心の中でため息をついた。
(この畑、元はこんな風だったのね)
時を戻る前にヘライジャを訪れたとき、この畑は大雨の影響で畝がなくなり、作物が引きちぎれたり泥まみれになるなどの大きな被害を受けていた。みずみずしい野菜がたくさん実っている目の前の光景とは大違いだ。
「こちらのお野菜はもう収穫が可能なんですか?」
「ああ、まあボチボチ頃合いではあります。しかし、もう少ししてからと思っておりまして……」
「それは残念ですわ。できたら収穫をしているところが見てみたかったのですが」
ソラリスがシュンと肩を落とすと、領民はピンと背筋を伸ばして身を乗り出す。
「殿下がそうおっしゃるなら、今すぐ収穫しましょう!」
大急ぎで畑へ向かう領民を眺めていると、レジナルドがふっと小さく笑った。
「人を動かすのがお上手ですね。こんな形で収穫を促すなんて」
「そんなんじゃないわよ」
ソラリスはそう言って静かに目を瞑る。
時を戻る前、畑の持ち主は『もう少し早く収穫を済ませていれば』と泣きながら語っていた。その姿がソラリスの脳裏にこびりついている。
「もう、あんな表情は見たくないし、聞きたくない。ただそれだけなの」
「……? そう、ですか」
ソラリスの呟きに、レジナルドが相槌を打つ。二人はじっと畑の様子を眺めていた。
「そちらの調子はどう?」
と、ソラリスが騎士たちに尋ねる。
たっぷりと畑を見学して回った後、ソラリスはレジナルドと一緒に河川敷へと移動した。そこでは予め堤防補強を命じている。幼い頃にソラリスの護衛騎士を務めていた現騎士団長ファルコンが指揮を取っており、彼はソラリスを見るなり跪いて微笑んだ。
「つつがなく進んでおりますよ。私がソラリス様のご希望に添えなかったことがございましょうか?」
「いいえ、だからあなたにお願いしたのよ」
ソラリスが微笑み返す。
今回の旅行はあくまでお忍びなので、大人数を引き連れてくるわけにはいかなかった。しかも、ソラリスの護衛はきちんと確保しなければならないし、少人数で任務を遂行できるとなれば頼める人間は限られてしまう。
そもそも、ソラリスの言うことを疑わずに忠実に動いてくれる人間はそれほどいない。自分の命令とあらば皆遂行してはくれるだろうが、半信半疑では仕事の効率はどうしても落ちるだろう。だからこそ、ファルコンを連れてきたのだ。
「ありがとうね、お父さまにも黙ってついてきてくれて」
「ソラリス様のお願いとあらば、いつでも付き従います。しかし……」
ファルコンはチラリとレジナルドを見ると、途端に眉間へシワを寄せた。
「俺はあなたのお眼鏡にかないませんか? 同行がお気に召さない様子ですが」
からかうような口調でレジナルドはそう尋ねた。ファルコンはふんと息を吐き「なんのことでしょう?」と返事をする。
「ファルコン……」
元々ファルコンは超がつくほど真面目で、曲がったことが大嫌いな潔癖症気質のある男だ。おまけにソラリスを神格化しているフシがあるため、レジナルドのような悪い噂のある男がソラリスに近づくことが許せないらしい。騎士としては優秀だが、少々子どもっぽい側面もあり、ソラリスも二人を引き合わせることを心配していたのだが。
「失礼いたしました。ソラリス様のお決めになったことですから、私にはなんの異論もございません」
「そう言ってくれると嬉しいわ。あなたは私の大切な騎士だもの」
「ソラリス様……」
ファルコンは両手を握り合わせながらソラリスの前に膝をつく。二メートルもあろうという巨大な体が、ソラリスの前だと妙に小さく見えた。
「そろそろ仕事に戻ります。必ず指定の期日までにソラリス様の指定通りに任務を終わらせますので、ご安心ください」
「ありがとう。頼りにしてるわよ」
「はい! お任せください」
ソラリスの言葉にファルコンは瞳を輝かせる。
レジナルドはクスリと笑いつつ、ソラリスの手をそっと握った。すると、ファルコンは顔を真っ赤に染めてレジナルドに向かって拳を振り上げる。
「なっ! ソラリス様の手を握るだと……!? 許しがたい……こんなことが許されて良いのか?」
ファルコンは呻きつつ、必死に自制をしている様子だ。
「レジナルド様、ファルコンをからかわないであげて。あなたも案外子どもっぽいところがあるのね」
「……そうですね」
レジナルドはそう返事をしながら、ソラリスの手を離そうとはしない。
ソラリスは小さくため息をつきながら、仕方がないわねと笑った。




