19.ソラリスの打診
それから数時間後、ソラリスはレジナルドを城に呼び寄せた。
「久しぶり、という言葉をソラリス様と交わしてみたいですね。婚約さえすれば俺の自由は保証するというお話だったはずですが」
「迷惑をかけていることは重々承知しているわ。だけど、あなたの協力が必要だったのよ。きちんと埋め合わせはするから、どうか許して」
「……冗談ですよ。ソラリス様は本当に真面目ですね」
レジナルドは悪戯が失敗した子どものように笑いながら、ソラリスの向かいに腰掛ける。
「それで、御用とは?」
「実は、これからフューエン地方へ向かおうと思うの」
「フューエン地方ですか? これから雨季を迎えようというこの時期に、どうしてそんなところへ?」
フューエンは国の南西部に位置する地方都市だ。人口はさほど多くないが、かつては他国との外交拠点を担ったことから歴史的な建造物も多数あり、食べ物の名産などと合わせて観光の名所となっている。しかし、雨季は晴れ間が覗くことが少ないため、訪れる時期としては全く適していないのだが。
「どうしてかと言われれば、これから雨季が来るからよ」
「と、言いますと?」
レジナルドはよくわからないといった表情で首を傾げている。ソラリスはどう伝えるべきか迷いながら、一度大きく深呼吸をし、レジナルドに向き直った。
「今からひと月後、あの土地に大雨が降るの」
「大雨? しかもひと月後ですか?」
ソラリスの言葉に、レジナルドは大きく目を見開いた。
「数日後ということなら理解もしやすいです。しかし、ひと月後? 空の様子を見たところで、天気を予想するのは困難な時期ですよね」
「あなたが困惑するのも無理はないわ。だけど、これは本当の話なの」
伝えながら、ソラリスは胸がざわざわする。
ソラリスが思い出したこと――時を巻き戻る前のこの時期、フューエン地方は大雨に見舞われた。川の氾濫や土砂崩れ、床下浸水や農作物への影響など、多くの人々が被害を受けた。中には亡くなった人もおり、ソラリスは両親と共に慰問に訪れたのである。
「しかし、フューエン地方は元々排水等の都市機能がしっかりしていますし、大雨の影響はそこまで大きくないのではありませんか? 仮に行ったとしても、対策できることは殆どないでしょうし」
「私が行きたいのはフューエン地方の最奥にあるヘライジャよ」
「ヘライジャですか」
「ええ。たしかにあなたの言うとおり、フューエン地方の中央街は災害も起こりづらくなっているわ。山や川からも離れているし、領地の収入も潤っているから、色んな対策が事前に打ち出されているものね。けれど、周辺の町まで行き届いているかというと、そうじゃないのよ」
人々が実際に暮らしているのは観光の中心街というわけではない。土地の広さや仕事のしやすさから、離れた場所に住む人も大勢いる。しかも、中央から離れれば離れるほど山林部に近くなり、災害にあう可能性は高くなる。
ヘライジャはフューエン地方の中心街に近い上、自然豊かな美しい町だ。人口もそれなりに多い。しかし、まだ開発中の町ということもあり、排水機能等が完全に整っていなかった。だから、甚大な被害に見舞われてしまったのだ。
「今からならまだ間に合うわ。被害をゼロにすることはできなくとも、抑えるための対策はできる。だから、あなたと一緒に現地に行きたいの」
「ソラリス様の考えていることは概ねわかりました。けれど、災害対策をするのであれば、俺と共に行くのではなく、文官や騎士を多く伴い視察という形のほうがいいのではありませんか? つまり、あえて俺を選ぶ理由があるのですよね?」
レジナルドはそう言ってソラリスをじっと見つめる。ソラリスは思わず苦笑を漏らした。
「お見込みのとおりよ。私はあまり目立ちたくない――というより、今回の件を王女の仕事という形で動かしたくないの。だから、観光を装うためにあなたへ声をかけたのよ」
「なるほど。それは、アニータ様や王位継承争いの兼ね合いですか?」
そう言ってレジナルドは身を乗り出し、鋭い眼差しを向けてくる。ソラリスは小さく両手を挙げ「そういうこと」と笑う。話が早くて助かると呟けば、レジナルドはそっと目を細めた。
最近ソラリスは人目につく仕事は意識的にバージルに割り振っている。王女として行った公務が話題になればなるほどソラリスの人気は上がってしまうし、アニータの反感を買ってしまう。自身に王位を継ぐ意思はないと示すことはソラリスにとって最重要事項な上、降嫁をすれば今のように公務を担うことはない。だから、時を戻る前はソラリスが行っていた仕事も、できるだけバージルに渡すよう心がけているのだ。
「わかりました。では、俺も同行しましょう」
「本当に?」
ソラリスはパッと目を輝かせてレジナルドを見る。
「けれど、ソラリス様にお願いごとがあります」
「お願い? なにかしら?」
揶揄するような表情のレジナルドに、ソラリスは少しだけ警戒してしまう。
「もしも本当に大雨が降ったら、あなたの秘密を俺に教えていただきたいのです」
「え?」
ソラリスが目を瞠ると、レジナルドは机に両肘をつく。
「あなたがどうしてヘライジャへ行きたいか、そこでなにをしたいかは理解できます。けれど、どうしてひと月後に大雨が降ると予想ができるのかはわかりません。そして、現状理由を教えてくださる気もないですよね?」
「それは……信じてもらえるとは思えないんだもの」
躊躇うソラリスに、レジナルドは大きく頷く。
「ソラリス様がそう思う気持ちもよくわかります。ですから、この目であなたの言うことが実現したのを見た上で、改めてお話をお聞きしたいと思っています。他にも、なにか隠していることがおありでしょう?」
「……そうね」
できるなら、ソラリスも自分以外の誰かに時を戻したことを打ち明けたいと思っていた。けれど、ただ事実を伝えただけでは信憑性が薄いので、これは良い機会なのかもしれない。
「前向きに検討させていただきます」
ソラリスの言葉に、レジナルドはそっと目を細めた。




