18.腹の探り合い
婚約披露パーティーからひと月が経ったある日のこと、アニータがソラリスを訪ねてきた。
「久しぶりにお姉さまとお茶をしたいと思いましたの」
ソラリスは「もちろんよ」と微笑みながら、アスティナにお茶の準備を命じる。
「アニータに是非飲んでほしいおすすめの茶葉があるのよ。その紅茶によく合うお菓子も用意させるから楽しみにしていて」
「まあ、嬉しいです。ありがとうございます、お姉さま」
さりげないやり取りを通じてアニータから毒を盛られる可能性を封じると、ソラリスは密かに気合を入れる。
巻き戻る前のお茶会は仕事から離れることができる楽しい時間だったが、今となっては何よりも神経を使う戦闘のときとなってしまった。このタイミングでいかに情報収集ができるかが、ソラリス生き残りの鍵となってくる。
(アニータの腹の中を探ってやるわ)
ソラリスは優雅に微笑みながら、ギュッと拳を握った。
「最近はいかがお過ごしですか? お姉さまはいつもお忙しそうだから、中々声をかけられなくて……」
「あら、大切なアニータのお誘いなら、なにを置いても優先するわよ。いつでも声をかけてちょうだい」
開幕早々アニータから探りを入れられたので、ソラリスは相手を持ち上げつつ、無難に返事をして様子を見ることにした。
「そうは言っても、やはりわたくしよりレジナルド様を優先なさるでしょう? このひと月の間に、お姉さまとレジナルド様の記事をたくさん拝見しましたもの」
アニータがはにかむように笑う中、ソラリスは内心「来た!」と思う。
やはりアニータはソラリスの動向をこれでもかというほど注視している。時を戻る前に殺されそうになったのは間違いなどではないと、嫌というほど実感した。
「なんでも、両陛下がレジナルド様をお認めになったのだとか。本当におめでとうございます」
「まだ婚約が認められたわけじゃないわよ。けれど、レジナルド様は二人と直接挨拶を交わしたし、表立って城へ来ることを認められたの」
「それはもう、婚約を認められたのと同義ですわ。さすがはお姉さまが見込んだ男性。こんなに早くおじさまが態度を軟化させるなんて」
(私もそれは思っているわ)
ソラリスは思わずうんうんと頷いてしまう。
あれからレジナルドは、ソラリスの父親――正確に言えば父親直属の文官たち――から徹底的な調査を受けた。四六時中の素行調査に加え、過去や家庭環境なども含めて詳細に。けれど、調べれば調べるほどレジナルドの評価は上がるばかりだった。
レジナルドは国が設置した神殿で奉仕活動をしているし、女遊びをしているわけでもないのだから当然だ。
そんなある日のこと、ソラリスは父親から「レジナルドを城に呼んだ」と聞かされた。実際に会って話してみたいと思ったらしい。
その結果、彼は「いつでも城に遊びに来ても良い」というお墨付きを得た。つまり、アニータが言っていたとおり、殆ど婚約が認められたようなものだ。
「まあ、私はレジナルド様のお顔に惹かれただけなのだけどね……」
「けれど、結果的に素晴らしい男性だとわかったのですから、お姉さまの慧眼の賜物ですわ」
アニータはそう言って優美に微笑む。けれど、内心は穏やかでない様子だ。
というのも、ここ最近の記事はレジナルドを持ち上げるものばかりだし、それを見抜いたソラリスがすごいという論調になっている。つまり、結果的にソラリスの人気と注目度が熱愛報道が出る前より上がってしまったのだ。
これはまずいとソラリスはすぐに気づいた。そして、状況を打開すべく、すぐに手を打ったのだが――。
「それにしても、お二人が並ぶと本当に絵になりますわね」
「そうかしら?」
「それはもう。お姉さまはこちらの記事はもうご覧になりましたか? お姉さまとレジナルド様が街歩きをなさった際のものです。このときにお姉さまが着ていたお召し物が今、貴族の令嬢に大人気なんですって。こちらを平民向けにアレンジしたワンピースも発売準備が進んでいると聞きました。大変素晴らしいことですわ」
「あら、そうなの? 知らなかったわ」
ソラリスは驚いたふりをしながら、こっそり肩を落とす。
(これはできたら避けたい話題だったのだけど……)
やはり無理だったとソラリスは内心がっかりした。
レジナルドの評価が、ひいては自分の人気まで上がってしまったため、ソラリスはアニータの反感を減らそうと行動を起こした。それが、レジナルドと街歩きに出かけることだった。
公務を制限してまで想い人との逢引を優先する――そんな王女は評判が落ちて当然だ。そういう記事を書いてもらうつもりだった。もちろん、両親の反感を買い結婚が遠のく可能性はあったが、今はアニータの機嫌を損ねるほうが恐ろしい。
けれど、どちらにせよソラリスは失敗してしまった。
レジナルドとソラリスのデートは世間からかなり好意的に受け止められ、貴族令嬢のブームまで作ってしまったからだ。この流行は平民にまで広がりそうになっているし、大変まずい状況である。
「わたくし、お姉さまに憧れてしまいます。未来の王太子妃として、お姉さまをお手本に、もっと素敵な女性を目指さなくてはいけませんわね」
と、アニータがソラリスに向かって微笑んだ。とても控えめで愛らしい笑顔だが、本能がアニータの怒りを感じ取ったのか、ソラリスの背筋がゾクリと震える。
(これ以上アニータを怒らせてはダメだわ)
ソラリスは「ありがとう」と答えながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「それにしても、もうすぐ雨季が来ますわね。この時期になると、普段は王都にいない貴族たちも集まってまいりますし、今年もたくさん夜会が開かれる予定のようです」
ふと、アニータが話題を変えた。ソラリスはこれ幸いとばかりにアニータへ乗っかる。
「そうね。サロン活動や芸術鑑賞も活発になるし、この時期は公務が少ないから、私もいつもよりはゆっくりできるかもと――」
けれど唐突に、時戻り前のこの時期のことを思い出し、ソラリスははたと止まってしまった。
(そうだわ。二年前のこの頃になにが起こったか――どうして忘れていたのかしら)
頭の片隅で思考を続けながら、ソラリスは不思議そうな表情を浮かべるアニータに向かって「楽しみね」と言葉を続ける。
(今ならまだ間に合う。なんとかしなくちゃ)
それから、心の中で密かにそう誓うのだった。




