16.神殿/後編
「私も同じことをする、とは……」
レジナルドが困惑しながらソラリスを見つめている。
「そのままの意味よ。私もあなたのように、子どもたちと一緒に遊ぶわ」
「止めておいたほうが良いですよ」
と、間髪入れずにレジナルドが返す。ソラリスは「どうしてよ?」と食いついた。
「子どもというのは容赦のない生き物です。あなたの身分や育ってきた環境などお構いなしに、ストレートに欲求をぶつけてきます」
「それがなんだというの?」
「ライリー様はこれまで、誰かに突進をされたことがありますか? 他にも、ベタベタと手に触れられたり、抱っこをせがまれたり、延々ととりとめのない話を聞かされたりした経験は?」
「そ……それはないけれど」
「でしょう?」
レジナルドは肩を竦めながらため息をつく。
「結構大変なんですよ。慣れている俺ですら、ときに嫌気が差すほど。ですから、ライリー様は控室でお待ちいただいて……」
「いいじゃない。他ならぬ私自身がやってみたいと言うのだから」
ソラリスはムッと唇を尖らせた。こんな風に子供っぽい仕草をすることは止められてきたし、しようと思ったこともない。けれど、この場の雰囲気のせいだろうか? なぜだか普段とは違うことをしたくなってしまう。
「い、いや……それでは護衛の方の苦労が忍ばれますし。あなたが怪我でもしたら責任問題になりかねませんから――」
「『それが彼らの仕事だ』『焦らずに色々と挑戦してみたらどうですか』と言ったのはあなたでしょう? それなのに、止めるなんてひどいじゃない。大体、私が自分ですると決めたことで、護衛に責任を負わせたりしないわ」
ソラリスが詰め寄る。レジナルドは観念した、というように両手を広げて苦笑いを浮かべた。
「わかりました。ライリー様がそこまでおっしゃるなら、是非」
「そうこなくては」
レジナルドとソラリスの会話が終わったのを見計らい、子どもたちが「ねえ!」と話しかけてくる。
「ひとまず移動をしますよ。ここでは落ち着いて遊べないでしょう?」
「はーい」
子どもたちが返事をするのに合わせて、ソラリスも頷いた。
***
ソラリスはレジナルドたちに付いて、神殿の奥に向かった。
神殿の入口側には開放的で美しい一般客向けの参拝や歓談スペースが用意されている。色鮮やかな花々や、神や天使の彫刻などが配置された神聖で特別感の溢れる空間だ。一方、一般客の入れない建物の奥には神官や孤児たちが暮らす温かな生活空間が広がっていた。
「兄ちゃん!」
「レジ―兄ちゃん!」
レジナルドを探しに来た子どもたちとは別に、大部屋に何十人もの子どもたちがいる。彼らは王都やその周辺で保護された孤児たちで、この神殿で暮らしていた。
今から二百年ほど前に建てられたこの神殿は孤児や貧困に苦しむ人、行場を失った老人たちを受け入れるために、当時の王妃が建てた場所だ。王女であるソラリスにとっても関わりが深い。
「こちらにいらっしゃるのは初めてですか?」
「ええ。私は公務デビューをして間もないし、ご存知のとおりほとんど外出をしてこなかったから」
一括りに国の施設といっても国中にいくつも点在しており、それら全てを訪問できるわけではない。どちらかといえば、王都にある建物の方がいつでも訪れられるからという理由で、後回しになりがちだ。ソラリスとしても、いつかは訪問したいと思っていた場所だが――。
「兄ちゃん、この女の人は誰?」
と、子どもたちが尋ねる。加えて、大部屋を担当している神官数人が怪訝な表情でソラリスを見つめてきた。基本的に部外者は立入禁止だから当然の反応だ。けれど、正直に身分を明かすわけにはいかない。
「ライリー様だよ。兄ちゃんの大切な友達なんだ」
レジナルドはソラリスをそう紹介した。すると、子どもたちはあっさり納得し、神官たちは少しだけ肩を竦める。
そもそも、レジナルドだって神官ではないし、あくまで『手伝い』という立ち位置で、施設職員というわけでもない。それでも、『レジナルドの知り合いなら』ということでソラリスとアスティナの入室が許可された。
部屋に入ると、子どもたちがワッとソラリスの側に集まってくる。子どもたちはソラリスの手を握り、自分たちの方へ引っ張りはじめた。
「お姉ちゃん遊ぼう」
「なにして遊ぶ?」
「こっちに来て! 一緒に座ろう?」
レジナルドが忠告してくれたとおり、子どもたちには一切遠慮がなかった。初心者のソラリスを普段から彼らと共に過ごしている神官たちと同様に扱い、グイグイと距離を詰めてくる。
これに焦ったのは侍女のアスティナや、息を潜めてソラリスを見守ってきた護衛たちだ。
「ソ――ライリー様、今からでも遅くはありません。控室を用意してもらいましょう」
「そうですよ、殿――ライリー様。お怪我をなさったら大変です。どうか、どうか――」
「平気よ。なにがあっても責任は私にある。あなたたちには絶対迷惑をかけないから」
ソラリスはアスティナたちの懇願を退け、子どもたちに向かい合う。
「皆はどんなことをして遊ぶのが好きなの? 私にも教えてくれる?」
「わたしは絵を描いてるの」
「絵本、読むの」
「俺、なぞなぞ出すから答えて!」
数人の子どもたちが一度にソラリスに話しかけてくる。返事をしても次から次に声をかけられ、一向に落ち着くことがない。抱きつかれ、揉みくちゃにされながら、ソラリスは苦笑を漏らした。
(子どもってこんなにエネルギーに溢れているのね)
自分の幼少期はどんなだったか――と少しだけ考えてみたものの、上手く思い出すことができない。『遊ぶ』とはどうすればいいのか、どういうことを指すのか、ソラリスは本当にわからなかった。
「ライリー様、あやとり取って!」
「あやとり?」
女の子が指と糸をソラリスに向かって突き出す。
「取る、ってどうすればいいの?」
オロオロ視線を彷徨わせていると、レジナルドが背後にやってきて「手を出してください」と言う。
「こ、こうかしら?」
「そうです。それで、この指を糸の端に引っ掛けて……違います。少し失礼しますね」
上手く指示をこなせないソラリスの手を、レジナルドがそっと握った。それから、指の動かし方を教え、一緒になって糸を取る。
「わっ、形が変わったわ!」
「それが橋だよ」
「本当! 橋の形をしているわね」
「次はわたしの番ね」
初めての経験にソラリスは本気で驚き、とても喜んでいた。
中には一人あやとりを披露する子もおり、ソラリスは瞳を輝かせて感動する。
「すごいわ! まるで魔法みたいね」
「姉ちゃん、大げさだよ」
「今度はけん玉やろう! 僕がやるから姉ちゃん見てて」
カッカッと小気味良い音を立てて、玉が皿へと吸い込まれていく。最後にけん先に玉が綺麗スッポリ収まるのを見て、ソラリスは思わず拍手をした。
「え〜〜! すごい! お姉さんにもできるかしら?」
「やってみて」
子どもにけん玉を貸してもらうと、ソラリスは大皿めがけて玉を動かす。が、勢い余ってけん玉が遠くまで飛んでいってしまった。
「わ! わ、わわ!」
「姉ちゃん、危ない」
「下手くそだ!」
子どもたちがケラケラと笑う。ソラリスはドキドキしながら、もう一度けん玉に挑戦してみた。
が、全く上手くできない。ソラリスはほぅとため息をついた。
「ごめんなさい。思ったよりもずっと難しいのね、これ」
「そうだよ」
「姉ちゃんなんにも知らないんだね」
「これまで遊んだことある?」
あまりにも素直な子どもたちの言葉に、ソラリスは思わず苦笑を漏らす。
「いいえ」
これが『遊ぶ』ということなら、ソラリスは一度も遊んだことなどない。本を読んだり、人形を眺めたり、アニータや他の令嬢とお茶を飲んだりしたことはあるが、誰かとこんな風に感動を分かち合ったり、ドキドキするような行動はしたことがなかった。
「次は一緒に外に行こう!」
「ボール当てしよう!」
「お姉ちゃん、早く早く!」
子どもたちがソラリスの手を引く。こんな風に対等に扱われるのも、ソラリスにとって初めての経験だった。
(今の私は王女ではない。ただのソラリスだわ)
それはとても新鮮な感覚だし、とてつもない解放感に感動する。
「楽しんでいらっしゃいますか?」
外へ向かう最中、レジナルドがそっと尋ねてきた。
「ええ、とても」
ソラリスが満面の笑みを浮かべると、レジナルドは少しだけ目を見開き、それから困ったように笑う。
「これは……可愛いな」
「本当に! 子どもたちってすごく可愛いのね」
ソラリスがレジナルドの呟きに応じたが、彼は首を横に振りながら笑みを深める。
「お姉ちゃん、こっちだよ!」
「ええ、行きましょう」
子どもたちに手を引かれて喜ぶソラリスを見ながら、レジナルドはそっと口元を隠すのだった。




