15.神殿/前編
ソラリスはいつも両親と揃って食事をしている。地方公務や会食などのタイミングを除いて、極力同じ食卓を囲み、情報共有をしているのだ。
最も、レジナルドとの最初の報道が出て以降は、両親との会話はどこかぎこちなく、遠慮がちなものとなっていたのだが――。
「昨夜見かけた青年だが」
と、朝食の席でソラリスの父親がおもむろに切り出す。『見かけた青年』だなんて言い方をしているが、父が指しているのは当然レジナルドのことだ。ソラリスは相槌を打って、話の続きを促す。
「一度、彼についてきちんと調べてみようと思う」
父親はそう口にした。
ソラリスは思わず目を見開き、両手を合わせて父を見る。
「お父さま……!」
どうやら昨夜のレジナルドの立ち居振る舞いは、両親にとって及第点だったらしい。加えて、今朝の報道が好意的だったことにより、ようやく本当の意味で婚約者候補の土俵に乗れたようだ。
(もしかしたら、無理やりレジナルド様と引き合わせたことを叱られるかもしれないと思っていたけれど)
主催者が認めていた(というより手を引いていた)ため、レジナルドがあの場にいたことを咎められる謂れはない。が、両親からすれば良い気はしないだろうと覚悟していた。結婚について追加の記事も出たことから、下手すれば感情的に拒絶される可能性も考えていたのだが。
「ありがとうございます」
「――あくまで『調べる』というだけだ。ソラリスの相手にふさわしくないと判断すればすぐに、二度と会わせないよう対処することになる」
父親は厳しい顔つきでソラリスを見つめた。ソラリスはピンと背筋を伸ばし、父親の視線をまっすぐに受け止める。
「ソラリス、おまえはいずれ降嫁して王室を去る人間だ」
「はい」
時を戻る前に、両親とこんな話をしたことはなかった。そもそも結婚の予定がなかったので当然だが、ソラリスは気が引き締まるような心地がする。
「王女という身分だけを考えれば、国民が納得する人間であれば誰と結婚をしても構わない。……が、それ以前におまえは私の大事な、自慢の娘だ」
「お父さま……」
父親の言葉に、ソラリスは目頭がツンと熱くなった。
「おまえが泣くところは見たくないし、苦労をしてほしくもない。だから、きちんと調べさせてもらう」
「ええ。それで構いませんわ」
ソラリスは微笑んだ。が、心中は決して穏やかでなかった。
(急いでレジナルド様に連絡を取らないと)
部屋に戻るとすぐにソラリスは動いた。アスティナに命じて変装をし、出かける準備を整えさせる。
国王であるソラリスの父親が『調べる』ということは、徹底的に身辺を洗うということだ。レジナルドの生い立ちや交友関係、普段の暮らしぶりに至るまで、かなり詳細に調べ上げることになるだろう。
ソラリスは既にレジナルドの人となりを知っている。
が、どんな生活をしているのかはよくわからなかった。
巻き戻る前の評判だけを頼りに婚約者を選んだのだから当然といえば当然だが、もしもレジナルドが父親の気を損ねれば二度と会えなくなってしまう。せめて調査期間の初期だけは大人しく過ごしてもらわなければならない。
巻き戻る前には婚約者選びをスタートすらしていなかったため、ソラリスには父親がどう動くのかイマイチ読めていないという点も大きかった。
王女の降嫁相手をしっかりと調べるのは当然のことだが、それらを事務的に行うのか、感情的に行うかで、結果は全く違ってくる。どうやらソラリスは、自分が想像していた以上に、両親から愛されていたらしい。
(レジナルド様に調査のことを警告しなくちゃ!)
それから数十分後、ソラリスは王都の外れにある神殿に到着した。
そこは以前レジナルドについて調べた際に浮上した入り浸っているという神殿で、彼は日中の殆どをここで過ごしているらしい。ただ、そのとき調査をしたのはソラリス自身ではなく補佐官たちだったため、具体的にどんなことをしているのかは不明だ。
ソラリスはアスティナを伴い、神殿の中に入った。
(たしかここは、二百年ほど前に当時の王妃が建てた神殿だったわね)
神の末裔が治める国であるアルクヴァルト王国にはたくさんの神殿がある。そのうちのいくつかは国王や王妃、王子たちが建てたものだ。神殿を増やす理由は色々あるが、病が流行ったり飢饉が続いたとき、大きな災害が起こったときなどが多い。国が建てたということもあり、それらは歴史的価値が高く、訪れる人々もたくさんいる。
だが、ソラリスが今いる神殿は少しばかり他の神殿とは趣が異なっていた。
「あれ、ソ――ライリー様?」
建物に入るとレジナルドをすぐに見つけられた。彼はシンプルなシャツとズボンを着ており、大きな木箱を運んでいる。
「どうしてすぐに私だとわかったの?」
「わかりますよ。世界広しといえど、あなたほど美しい女性はそうおりませんし」
「またあなたはそういうことを……」
レジナルドが女誑しだということは既に疑いようのない事実だが、ソラリスは呆れてため息をつく。隣でアスティナが首がもげるほどに頷いているが、気づかないふりをした。
「それで、本日はどうなさったんですか?」
「忠告に来たのよ。少し時間を取れる?」
「忠告――」
レジナルドが考える素振りをするやいなや「いた! レジー兄ちゃん!」という高い声が聞こえてくる。ソラリスが振り返ると、そこには男女数人の子どもたちがおり、レジナルドのことを見つめていた。
「お仕事まだ終わらないの?」
「それ運び終わったら遊んでくれるっていう約束だったでしょう?」
「ねえ、早くこっちに来てよ!」
子どもたちは口々にそう言うと、レジナルドの足元に駆け寄っていく。
「ごめんね。もうすぐ終わるから」
「もうすぐってどのぐらい? もうずっと待ってるのに」
「最近ちっともここに来てくれなかったし」
「寂しかったんだから」
「お勉強教えてくれるっていう約束もしてたのに」
ソラリスはハッとしてレジナルドを見る。すると、彼は少しだけバツの悪い表情を浮かべつつ子どもたちを宥めた。
(もしかして、ここ最近私が城に呼び出していたから)
そのせいで、レジナルドと子どもたちとの時間を奪ってしまっていたのかもしれない。けれど、ソラリスはなにも知らなかった。彼がどんな日々を送っているのか――送りたいと思っているのか。知っていれば、もう少し配慮ができたかもしれないのに。
「ほら、そんな顔をしないでください」
と、レジナルドがソラリスの頭をポンと撫でる。ソラリスは思わず目頭が熱くなった。
「申し訳ございませんが先約がありますので、今はそちらを優先してもよろしいですか? ライリー様のお話はその後で伺いますので」
「もちろんよ」
ソラリスがそう答える。いつの間にかレジナルドの周りには子どもたちがベットリとまとわりついていた。
「子どもたちに慕われているのね」
「まあ、長い付き合いですからね。俺ぐらいの年齢の神官は少ないですし、多少やんちゃな遊びにも付き合えますから」
そんな会話を交わしている間にも、小さな男の子がレジナルドの背中によじ登って笑っている。それを羨ましそうに見上げている女の子や、絶えず話しかけ続ける男の子など、普通に考えて一人で対応しきれる状況ではなさそうだ。
「それでは、控室を用意しますので、ライリー様はそちらで……」
「いいえ」
ソラリスはレジナルドの言葉を遮り、両拳を握る。
「私もあなたと同じことをするわ!」




