14.アニータの憤り
翌日、ソラリスが予想していたとおり、夜会とレジナルドについての記事が出た。
【ソラリス殿下が恋人を両陛下にご紹介。婚約発表間近か!?】
そんな見出しで始まる記事は、悪意と偏見に満ちている――かと思われたが、実際には真逆だった。
【レジナルド氏は上品かつ洗練された雰囲気の好青年だった。ソラリス殿下の瞳の色に寄せたスカーフやブローチが大層似合っており、お二人が並ぶだけでその場が一気に華やぐのだ。ソラリス殿下もレジナルド氏と語らう時はいつもよりも雰囲気が和らぎ、時折笑顔や冗談を交えながら歓談なさっていた。周囲もその様子を微笑ましく見守っており――】
(なるほどね……)
どうやらレジナルドの印象操作は上手くいったようだ。彼がバカにされないようにソラリスがしたことといえば服を用意したぐらいだが、少しでも上手く作用したなら何よりである。
とはいえ、実際には両親への紹介はしておらず、アニータを間に挟んで少し会話をした程度だ。けれど、結婚に向けて前進をしたという報道が出ることはソラリスにとって有利に働く。両親も本格的に二人の婚約について検討を始めざるを得ないだろう。
しかし、大きな問題が一つあった。
(レジナルド様の好感度が上がりすぎたら、私の生存率が落ちてしまう)
ソラリス自ら婚約者――しかも前評判が悪いレジナルドを選んだのは、さっさと降嫁して王位継承問題から離れるためだ。それなのに、お相手の評価が高くなればソラリスの人気は衰えず、なんなら上がる可能性まであるため、次期王として押す声が高くなってもおかしくはない。ソラリスは印象操作が如何に難しいか、身をもって知ることになった。
(でも)
レジナルドについて書かれた記事をなぞりながら、ソラリスは微笑む。
嘘や偏見に満ちた記事が出なくて良かったと心から思う。レジナルドの評判は彼の兄たちの意向により作り上げられたものだ。これ以上変な噂が立ってほしくない。本当の彼は聡明で優しい人なのだから。
ソラリスは窓の外を眺めながら、そっと目を細めた。
***
(なんなのよ、この記事は)
一方、ソラリスとは反対にアニータは憤っていた。盛大なため息をつきながら、机に新聞を叩きつける。それでも気分は収まらず、忌々しげに髪を掻き乱した。
(これでようやくソラリスの人気を削げると思っていたのに)
チッと舌打ちを一つ、アニータは机をダンと叩く。
アニータはソラリスを心の底から疎ましく思っていた。どちらも先代国王の孫だというのに、ソラリスは父親が長男というだけで王女として遇され、長女の娘である自分は公爵令嬢として扱われる。アニータのほうが余程美しく知識に富んでいるというのに、公爵令嬢だから国民の注目を集めることはない。いつもいつも、ソラリスばかりに話題が集中していた。
今回だってそうだ。
王太子バージルと婚約したアニータより、ソラリスと愚かな女好きとの熱愛報道の方が大きく報じられている。
最初はそれでも良いと思った。
これでようやくソラリスの評判が落ちる。恋などというバカげた感情にかまけて国民を蔑ろにし、自分にふさわしくない男性との結婚を求めるなんて、あまりにも愚かな所業だ。そんな女を国民は許さないだろうし、降嫁すればすぐに人々から忘れ去られるに違いない。
そうすれば、アニータは欲しかったもの全てを独り占めできる。未来の王太子妃として、人々の賞賛を一身に集めることができるはずだ。
そう思っていたというのに、今朝の記事はなんなのだろう。
悪評ばかり立っていたレジナルドが褒めそやされている上、ソラリスまでもが持ち上げられている。【レジナルド氏のような素敵な男性を見つけてくるなんて、ソラリス殿下の慧眼に感服するばかりだ】とまで書かれており、アニータは反吐が出た。
(バカじゃないの! どこが素敵な男性よ! ちょっと顔がいいだけでしょう? 女遊びに泣かされるのがオチだというのに、本当に頭にきてしまう)
記事の中に【洗練された】だとか【スマート】といった単語を見つけるたびに、アニータのイライラは募っていく。
というのも、自身の婚約者であるバージルは素朴なおっとりとした人で、洒落っ気もないし容姿や立ち居振る舞いが褒められることはない。
もちろん、彼は王太子だから能力や資質については度々報じられてはいる。けれど、バージルについての称賛の言葉はどこか嘘っぽく、作り上げられた評価という印象が拭えない。おそらくは国民も、そのことに気づいているだろう。アニータはそれが歯がゆくてたまらない。
その上、バージル本人はそのことを全く気にしていなかった。
周囲の評価はどうでもいいと思っている様子だし、自分自身を変えようという気もない。アニータが励ましたり促したりしても、それらが彼に響くことはなかった。
(しかもなんなの! 昨夜はわたくしの誕生日で、婚約披露パーティーだったのよ! それなのに、記事はソラリスのことばかり。もっとわたくしのことを書くべきでしょう!)
申し訳程度に添えられた自分の名前を見つめながら、アニータはダンダンと机を叩く。いずれ降嫁する王女よりも、未来の王太子妃のほうがずっとずっと大事だろう! どうしてそんな当たり前のことを理解できない? どうして、どうして?
(もしも今以上にソラリスの人気が加熱してしまったら)
想像しながら、アニータの胸がざわりと騒いだ。
現状、ソラリスに王位継承権はない。それは法律や歴史でハッキリと決められたことだ。
けれど、万が一それが覆るなら――覆そうという声が上がるなら、アニータは手を打たなければならない。
(絶対に渡さないんだから)
アニータはどす黒い感情を胸に抱き、強く拳を握るのだった。




