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13.婚約披露パーティー/後編

「わたくしにご紹介いただけますか?」



 アニータがレジナルドを見ながら微笑む。

 ソラリスの両親は明らかにレジナルドを歓迎していなかった。けれど、本日の主役であるアニータがレジナルドの紹介を望んでいる以上、邪険に扱うわけにもいかず、受け入れるしかないというスタンスだ。彼らは先程よりソラリスから距離を取り、自分たちは関係ないといった表情を浮かべている。


 本来なら、ソラリスの結婚候補は両親やその側近たちが慎重に選ぶ。その上で、ソラリスに最終判断を委ねる――というのが、王女が結婚に至る道筋だ。

 けれど、今回はそれらの過程を完全に無視し、ソラリス自身が相手を選んでいる。しかも、世間では評判の悪い貴族の令息だ。両親がこういった反応をするのは当然である。



(けれど、こうでもしなければ何も変わらないもの)



 前回はソラリスの人気が高まりすぎて、結婚相手を探すのに難儀した。品行方正で優秀な男性は何人もいたし、両親が秘密裏に面会も行っていたようだが『ソラリスには劣る』として退けられ、ソラリスの元までリストが上がってくることすらなかった。このため、両親がレジナルドを認めてくれる可能性は非常に低い。それでも、生き残るためにソラリスはやるしかないのだ。



「もちろんよ。――レジナルド様」



 と、ソラリスがレジナルドを呼ぶ。すると、レジナルドは落ち着き払った様子で、こちらに向かってやってきた。あまりにも堂々としたその立ち居振る舞いは、上流貴族そのもの。周囲の招待客がほぅと息を呑むのがソラリスにはわかった。



「初めまして、レジナルドと申します。ご挨拶の機会を賜り、大変光栄です」



 レジナルドが恭しく礼をする。アニータは「初めまして」と返事をし、ソラリスとレジナルドとを交互に見た。



「あの……レジナルド様はお姉さまとどういうご関係なのでしょうか?」



 その瞬間、ソラリスの両親が微かに反応する。二人からすれば、できれば避けてほしい質問だっただろう。けれど、アニータに向かってそう言うわけにもいかないし、この場を後にすることもできない。加えて、困惑を露わにすることもできないから、少しだけ気の毒な状況だ。



「レジナルド様は私の大切な友人なの」



 ソラリスはレジナルドを引き寄せながら、そう返事をした。

 この場でハッキリ『婚約したい』と言うこともできたが、せいては事を仕損じる。両親が完全に反対モードに入ってしまえば事態が悪くなると判断し、ソラリスは予めこう回答すると決めていたのだ。



「まあ、そうでしたの。お姉さまの大切なご友人をご紹介いただけて、わたくしとても嬉しいですわ」



 アニータが微笑む。彼女の表情からは、なにを考えているのか判断できない。けれど、今のレジナルドに他人からバカにされるような要素は絶対にないと断言できた。


 元々のルックスの良さに加え見た目は完璧に整えたし、受け答えや物腰は上品そのもの。ソラリスの両親や王室関係者たちの反応も悪くない。このまま進めば、十分に婚約が見込めるだろう。



「アニータは私の大事な家族だもの。誰よりも一番にレジナルド様を紹介したかったの」


「お姉さまったら。レジナルド様、お姉さまは本当に素晴らしい女性ですのよ。わたくし、心から尊敬しておりますの」


「よくわかります。出会ってからまだ日は浅いですが、ソラリス様の素晴らしさはよく存じ上げておりますよ」


「ちょっと」



 ソラリスは思わずレジナルドを肘で小突いた。元々の打ち合わせで、そういうやり取りは予定していない。なにか言われても、曖昧に微笑む程度に留めるよう指示してあったというのに。



「如何なさいましたか?」


「ど、同意なんてしないでよ。恥ずかしいじゃない」


「本当のことですから」



 レジナルドの言葉にソラリスの頬が紅く染まる。こういうところがたちが悪いのだとソラリスは思った。

 けれど、周囲が自分を見ていることに気づき、ソラリスはハッと目を見開く。なんだかとてつもなく居た堪れなかった。



「お姉さまがこんな風にお話をなさるところを、わたくし初めて拝見しました」



 と、アニータが呟く。どうやら本気で驚いているようだ。穏やかで美しい表情が少しだけ歪んでいるように見える。他の人間も同じようで、皆一様に唖然とした表情を浮かべていた。



「わ、私……」


「そろそろ失礼いたします。皆様が、お二人にご挨拶できるのを楽しみに待っていらっしゃいますから」



 レジナルドがそっと助け舟を出してくれる。ソラリスは「そうね」と平然を装い、レジナルドが差し出した手を取った。



「大丈夫ですか?」



 と、レジナルドが尋ねてくる。ソラリスは他に誰も自分たちを見ていないことを確認してから、胸にそっと手を当てた。



「ごめんなさい。大丈夫じゃないわ」



 緊張の糸が切れ、目頭がツンと熱くなる。


 どうやら自分は相当気を張っていたらしい。レジナルドとの婚約が上手くいくよう気を揉み、アニータから殺意を抱かれないよう注意を払う。

 なにが正解かなんてわからなかった。どう足掻いても破滅の道に向かうんじゃないか――そんな恐怖と戦うのはとても嫌だった。



「少し休憩しましょう。あちらのほうが空いています」



 レジナルドがエスコートしてくれるのに合わせて、ソラリスは歩く。けれどそのとき、ふと二年前の出来事を思い出して目を見開いた。



(そうだわ、あのとき……!)



 アニータの婚約披露パーディーにソラリスは最後まで参加しなかった。

 というのも、移動の際に誤ってワインをかけられてしまったからだ。不幸な事故だと忘れていたが、もしもあれがアニータの差し金だったとしたら……。



「あっ」



 と、ソラリスは声を上げた。ちょうど目の前に、自分へワインをかけた女性を見つけたからだ。

 彼女はこちらを見ないようにしながら、不自然に見えないようワイングラスを傾けてくる。



(避けられない)



 ――そう思ったところでバシャッと水音が響いた。けれど、ドレスが濡れている感じはしない。

 見ればソラリスと女性の間にレジナルドが入り、ソラリスのかわりにワインを被っているではないか。



「レジナルド様!」


「も、申し訳ございません! お召し物を汚してしまって……本当に、本当に申し訳……」



 ワインをかけてしまった女性が謝罪をしながらオロオロと視線を彷徨わせる。見れば顔が真っ青だし、手は小刻みに震えていた。



(あのとき、私は着替えのためすぐに退室したから知らなかったけれど)



 王女の自分にワインをかけて、全くお咎めなしで済むはずがない。それでも、彼女は恐怖に震えながらアニータの命令に従ったのだろうか? だとしたら、本当に申し訳ないことをしてしまったとソラリスは思う。



「大丈夫ですよ。被ったのが僕で本当によかったです」



 レジナルドが女性に向かって微笑む。ソラリスも一緒になって目を細めた。



「上手く振る舞えず、申し訳ございません。せっかく選んでいただいた服も汚してしまいましたし」



 騒ぎを避けるためひとまずバルコニーへ移った後、レジナルドはそう言って頭を下げた。幸いにも汚れたのはジャケットだけなので、脱げば目立たず帰ることができそうだ。



「あなたはとても良くやってくれたわ。本当に、驚くほど上手にね」



 アニータとのやり取りも、先程のワインのことも、レジナルドの行動には感謝しかない。


 そもそも、いきなり王族の前に出されて、あれほど堂々とできる人間はそういない。レジナルドは自ら望んだのではなくソラリスに無理やり担ぎ出されたのだし、怒ったり文句を言ってもいいぐらいだ。


 ソラリスはゆっくりと星空を見上げた。

 時戻りを経験してから、自分が自分じゃなくなったかのような心地がする。死にそうになったせいで混乱するのは当然だが、それだけでは到底説明ができない。



「どうかしましたか?」


「私、このままでいいのかしら?」


「このまま、とは?」



 心の整理をするために呟いた自問をレジナルドが拾う。ソラリスは欄干にもたれながら、小さくため息をついた。



「最近ね、自分がとてつもなくダメな人間になったみたいですごく嫌なの。自分が自分じゃなくなったみたいだし、これまで視野が狭かったことにも気づいてしまって……」



 ソラリスの瞳に涙が滲む。

 ――もしかしたら、自分はあのまま死ぬのが正解だったのではないか? 変な悪あがきなどせず、完璧な王女として人々の記憶に残るべきだったのかもしれない。先程の女性のように、自分のせいでアニータに利用されてしまった人もいたのではないだろうか?


 

 頬を一筋の涙が伝う。

 けれどその時、レジナルドの掌がソラリスの頭をそっと撫でた。すると、ささくれだった心が温かく満たされていく。



「俺はソラリス様をダメな人間とは思いませんけどね」



 レジナルドはそう言って目を細めた。ソラリスは唇を引き結び「そうかしら?」と俯く。



「そうですよ。悩んだり迷ったりするのは、人間なら当然のことです。王族のあなたは『それはダメ』だと教えられてきたのかもしれませんが、それでは息苦しくて堪らないでしょう? 自分の本当の気持ちに向き合うことも、誰にも弱みを見せることもできないなんて、俺なら絶対にごめんです」



 レジナルドの言葉がスッと胸に染み込んでいく。



「そうかもしれないわね」



 ソラリスは生まれて初めて、『王女としての自分』ではなく、本当の自分や自分自身の気持ちに向き合ったのだ。そんな単純なことをしてこなかったことに、これまで気づきもしなかった。



「あなたになら、見せても良いのかしら」



 迷いも、弱いところも。レジナルドなら幻滅せず、そのままの自分を受け止めてくれそうだとソラリスは思う。



「お望みとあらば。俺はあなたの大切な友人なのでしょう?」


「……そうね」



 悪戯っぽく微笑まれ、ソラリスは思わず笑ってしまう。



「今夜はありがとう」



 ソラリスの言葉に、レジナルドは満足げに目を細めた。


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