12.婚約披露パーティー/中編
ソラリスは改めてレジナルドを見た。
今夜のために仕立てた細身のジャケットを見事に着こなし、襟元には水色のスカーフがチラリと見える。胸にはソラリスの瞳の色に近いブルーダイヤモンドのブローチを付けており、シンプルだが洗練された華やかな装いだ。
「良く似合っているわ」
「ありがとうございます。素晴らしいセンスの女性が俺のために一式見立ててくださいましたからね」
茶目っ気たっぷりにレジナルドが微笑む。ソラリスはまたもやムッとしてしまった。
「あなたが女好きだと噂される理由が理解できたわ。そうやって誰彼構わず女性を誑し込んできたからなのね」
「誑し込むだなんて人聞きが悪い。俺は素直な気持ちを伝えているだけですよ」
「素直な気持ち、ね」
ソラリスはレジナルドが自分以外の女性に向かって今と似たようなお世辞を言っているところを想像して、なんだか胸がムカムカした。
(変だわ)
こんな気持ちはこれまで経験したことがない。
そもそも、ソラリスがレジナルドを選んだのは、彼に女好きという噂があり、そんな男に入れあげるなんて『見る目がない』と自分の評判を落とせそうだったからだ。だから、レジナルドが本領を発揮していることに腹を立てていい道理はない。そうと分かっているのだけど――。
「ソラリス様は今夜もとても美しいですね」
レジナルドは眩しげに目を細めると、ソラリスの手の甲に口づけをする。言われ慣れているはずの言葉なのに、ソラリスの鼓動が大きく跳ねた。けれど、動揺を悟られたくなくて、なに喰わぬ顔をしてお礼を言う。レジナルドは小さく笑ってから、ソラリスの顔を覗き込んだ。
「お世辞だと思っています?」
「そんなことはないわよ。ただ、あなたにとっては世の中の全ての女性が美しいんじゃないかと思って」
と、己の口から自分のものとは思えないような発言が飛び出していることに気づき、ソラリスは急いで口を塞ぐ。
(これではまるで拗ねた子どもじゃない)
自分だけが彼の特別ではないことを指摘するなんて、あまりにも愚かだ。王女だから何でも一番で特別だと甘やかされて育ってきたと思われてしまっても仕方がない。ソラリスはとても恥ずかしかった。この場から逃げ出したいと思う程に。
「本当に、誰よりも美しいと思っていますよ」
そんな言葉とともにさらりと髪を撫でられ、ソラリスは思わず目を見開く。
「今夜のドレス、俺の瞳の色に寄せてくれたんですね。薄紫色がよく似合っています」
「それはその……この方が恋に浮かれている感じが出ると思って」
「言われずとも理由は分かっていますよ。けれど、それでも俺は嬉しいと思ってしまうんです」
レジナルドはそう言って笑った。たったそれだけのことなのに、ソラリスの気持ちが少しだけ上向く。
「本当に女誑しね」
「よく言われます」
互いに耳元で囁き合っていたら何だかおかしくなってきて、ソラリスはクスリと声を出して笑ってしまう。
と、周囲の視線を一身に集めていることに気づき、ソラリスの体がビクッと大きく震えた。
(そうだわ。今は二人きりじゃないのだった)
レジナルドとの会話に夢中ですっかり忘れていたが、周りにはたくさんの貴族がいる。しかも、ソラリスとレジナルドは新聞の熱愛報道により注目を集めているし、今夜の目的は彼との婚約を両親に認めてもらうためだ。一瞬たりとも気を抜いてはいけないはずだったのに。
「今のところソラリス様の目的どおりに事が運んでいますね」
と、レジナルドが耳打ちする。どうやらこれまでの会話の内容は全てソラリスの計画によるものだと思われているらしい。
確かに、大筋はレジナルドと打ち合わせをしていたとおりなのだが、そこにこんな風に感情を乗せる予定などなかった。あくまで理性的に、親密に見えるよう、必要な話だけをするつもりだったというのに。
「……そうね。レジナルド様のおかげよ」
目的を忘れていただなんて、レジナルドにはとても言えない。
レジナルドはずっと自分に与えられた役割をこなすことを考え、会話を続けてくれていたのだろう。ソラリスとは違って。
とそのとき、アニータとバージルの入場が案内され、会場が大きく沸き立った。
「バージル様、アニータ様!」
「ご婚約、おめでとうございます」
祝福の声が上がるとともに、人々が二人のもとに集まっていく。
「あれが噂のアニータ様ですか」
隣でレジナルドがそう呟いた。ソラリスは微笑みながら「完璧な淑女でしょう?」と返事をする。
聖女のような清らかな笑み、控えめで上品なドレス。王太子との婚約に舞い上がっている様子はなく、自らの地位に驕るような雰囲気もない。祝福の拍手を穏やかに受け入れるアニータに対し、参加者たちは称賛の眼差しを送った。彼らはアニータがまさか毒殺を企てるような女性だとは思わないだろう。もちろん、レジナルドだって。
「ソラリス殿下、そろそろ」
「ええ、今行くわ」
ソラリスは側で控えていた補佐官から声をかけられ、そう返事をした。最も地位の高いソラリスの父親が挨拶を済まさなければ、他の参加者がアニータたちに声をかけられない。このため、ソラリスは早く両親と合流をせねばならなかった。
「付いてきて」
小声でレジナルドにそう伝えてから、ソラリスはアニータの元へと向かう。そこには既に両親がおり、ソラリスのことを待っていた。
「お姉さま」
「おめでとう、アニータ」
先程も控室で交わしたやり取りを夜会の場でも繰り返す。王家の――ソラリスとアニータの関係性が良好であることは、できるだけ多くの人に周知したい事柄だ。だから、こういった社交の場では特に、ソラリスとアニータは一緒に過ごし、周囲に関係性をアピールする。ソラリスとしては本当に仲が良いと思っていたため、こんなことは不要だと思っていたのだが――。
(今となっては、最重要事項ね)
ソラリスに王位を継ぐ気がないこと、未来の王太子妃であるアニータが自分より上位だと考えていることは、ハッキリさせておきたい事実だ。巻き戻る前にも気をつけてはいたものの、あれでは不十分だったのだろう。だからこそ、ソラリスを次期王にという声が上がってしまったのだ。
一通り挨拶を済ませたところで、アニータがソワソワと視線を彷徨わせる。
「お姉さま、あの……後ろにいらっしゃる男性は?」
ソラリスの数歩後ろにいるレジナルドをアニータがそっと見た。
その時になって初めて、他のメンバーもレジナルドに視線を移す。本当はみんな、彼が誰なのかや、夜会の間ずっとソラリスの側にいたことを知っているに違いない。けれど、敢えて知らないふりをしてきたのだ。そうすれば『そんな事実はない』ことにできるから。
(さあ、ここからよ)
ソラリスはゴクリと唾を飲んでから、背後のレジナルドを振り返る。すると、こんな時だというのに彼は不敵に笑っているではないか。
(なんとも頼もしいことね)
ソラリスは拳をギュッと握った。




