11.婚約披露パーティー/前編
そうしてアニータの誕生日――彼女とバージルの婚約披露パーティーの日がやってきた。ソラリスは両親とともに馬車に揺られながら、一人で緊張と戦っている。
(上手くいくと良いんだけど)
衣装を仕立てるついでにと、あれからレジナルドとは綿密な打ち合わせを重ねてきた。両親が言いそうなこと、行動パターンを伝えた上で、二人に好まれる返答を叩き込んだ。
まずはレジナルドとの婚約が認められなければ前に進めない。夜会でどんなことが起こるか想像しながら、ソラリスはギュッと拳を握った。
アニータの屋敷に到着するとすぐに、ソラリスはアニータのもとへ向かった。アニータは今夜の主役なので、まだ夜会会場に入っていない。バージルとともに控室で待機しているのだ。
(ここまでは、巻き戻る前と同じ流れだわ)
けれど、ここから先は全く違う未来が待っているだろう。ソラリスは大きく深呼吸をしてからアニータのいる部屋へ入った。
「お姉さま、来てくださったのですね」
アニータが微笑みながらソラリスを迎え入れる。
「アニータ、お誕生日おめでとう。それから婚約も」
互いに軽くハグを交わし、控室に和やかな空気が流れた。
「姉さま」
「バージルも、おめでとう」
アニータの隣りにいるバージルから声をかけられ、ソラリスは彼に笑いかける。バージルはほのかに目を細めながら、ゆっくりと頷いた。
バージルはソラリスとは違う宮殿で、彼の母親と共に暮らしている。王太子である彼は、帝王学を学ぶため頻繁にソラリスの父親に会いに来ており、ソラリスともしょっちゅう顔を合わせていた。けれど、最近は互いに忙しく、婚約のお祝いを言うのはこれが初めてだ。
「ありがとうございます。正直なところ、姉さまよりも先に婚約が決まるとは思っていませんでした」
「まあ、あなたは王太子だもの。国民を安心させるためにも、早く結婚相手を決めたほうがいいでしょう? しかも、相手は才色兼備のアニータなのだから、私よりも先に婚約が決まって当然よ」
ソラリスが答えると、アニータが恥ずかしそうに頬を染めた。
こういう反応を見るに、アニータは控えめで虫すら殺しそうにない程おしとやかだ。とてもソラリスに毒を盛ったとは思えない。あれは夢だったのではないか――ソラリスは自分にそう言い聞かせたくなる。
けれど、目を瞑ると自分で自分の未来を諦めたくなる程の具合の悪さと、あの時感じた死の恐怖がありありと蘇ってくるのだ。あれは絶対に夢などではない。
「――ソラリス? どうかしたのか?」
「まあ、顔が真っ青じゃない」
と、両親から声をかけられる。ソラリスはハッとして「大丈夫です」と返事をした。けれど、体の震えは止まらないし、指先が氷のように冷え切っている。
(しっかりしなければ)
こんなことでは、この先自分を守ることなどできやしない。ソラリスは背筋を伸ばし、何事もなかったかのように微笑んだ。
「それでは、そろそろ会場に向かおうか」
しばらくしてから、ソラリスの両親がそう切り出す。控室を辞す二人に続こうとしたソラリスだったが、直前でアニータから呼び止められた。
「お姉さま、レジナルド様がいらっしゃったらお通しするよう手配をしております。おそらくは既に会場内にいらっしゃるかと」
「ありがとう、アニータ」
耳元でそっと耳打ちされ、ソラリスは声をひそめて返事をする。
(いよいよだわ)
ソラリスが気合を入れ直す。
両親と三人揃って入場すると、集まった人々から恭しくお辞儀をされ迎え入れられた。
王太子とその婚約者のお披露目パーティーということもあり、招待客の多くが重臣や名門貴族たちだ。アニータの家と付き合いのある新興貴族も訪れているが、数はそれほど多くない。このため、不用意な発言をする人間はほとんどいなかった。けれど――。
「ソラリス様だわ。いつ見ても輝かんばかりの美しさだこと」
「ええ、本当に。……けれど、先日の熱愛発覚は勿体なかったわねぇ。もっと素敵な方をお選びになれば良かったのに」
ソラリスへの賛辞と合わせて、コソコソとレジナルドとの噂をする者は皆無ではない。貴族たちはゴシップ好きだから、おそらく他の夜会ではソラリスの熱愛話がかなり飛び交っているだろう。当然それらはソラリスの両親の元にも届いているはずだが、今のところ王家としては特に反応をしていない。下手に反論などをすれば、跳ね返りが大きくなるからだ。
(お父さまとお母さまには申し訳ないけれど)
今夜を機に、二人には何かしらアクションを起こしてもらうことになる。
ソラリスは両親と別れ、自分に挨拶に来た貴族たちと談笑しながらレジナルドを探すためにさり気なく会場内を見回した。けれど、すぐには見つけられず、少しだけもどかしい気持ちになってしまう。
(レジナルド様はどこ? 早く合流したいのだけど)
とそのとき、チカチカと微かな光の瞬きをソラリスはとらえた。光が来た方を見ると、照明とブローチの金具の部分を使ってソラリスに合図を送っているレジナルドがいる。
ソラリスは大きく深呼吸をしてからレジナルドの方を振り向いた。それから『たった今レジナルドの存在に気づいた』という風を装い、大きく目を見開いてから頬を赤く染め、ゆっくりと、まるで吸い寄せられるかのように彼の方へ向かう。
レジナルドもまた、ソラリスに倣うようにしてこちらに向かって歩いてきた。
「まあ、あれ……!」
「もしかして、ソラリス様の意中のお相手かしら?」
ソラリスとレジナルドが見つめ合っていることに気づいた数名が、こちらを注視している。彼らの印象に残るよう注意を払いながら、ソラリスはレジナルドの元へ向かい、目の前まで来たところで満面の笑みを浮かべた。
レジナルドは目を丸くしてソラリスを見つめた後、耳元でそっと唇を寄せる。
「ソラリス様は恋する女性の演技がお上手ですね」
思わずドキッとしてしまい、ソラリスは少しだけ唇を尖らせた。
「私の未来がかかっているんだもの。必死になるのは当然でしょう?」
「そうですね。俺もそう思いますよ」
レジナルドが穏やかに微笑む。けれど、なぜだか無性にソラリスは悔しかった。




