10.非正規ルート
レジナルドが夜会に参加することを伝えると、アニータはとても喜んだ。
「お姉さまの意中のお相手に会えるなんて嬉しいですわ。どんな男性なのか楽しみです」
アニータはソラリスの両手を握って穏やかな笑みを浮かべる。けれど、毒を盛られたと打ち明けられたときの表情が透けて見え、ソラリスは密かに身震いをした。
(だけど、これでアニータが私たちの婚約を応援してくれる)
そうなれば、両親は本気でソラリスとレジナルドの婚約について検討してくれるだろう。というより、レジナルドが夜会に参加をしたことが新聞等で報じられれば、彼との婚約話が上がっていることを『なかったことにする』のは難しくなり、王家として対応せざるを得なくなる。恋にかまけるなんて王女としての自覚が薄いということで、ソラリスが次期王に推されることもなくなり、生き残れる可能性も多少は増すはずだ。けれど――。
(アニータはきっと、心の中でレジナルド様をバカにするわよね……)
アニータだけでなく、招待客の多くがレジナルドを値踏みし、自分よりも下に見るだろう。既に出回っている噂を信じて、本当の彼を見ようともしないはずだ。そう想像したところで、ソラリスは胸がモヤモヤしてしまった。
(なんて、私が言えたことじゃないわね)
レジナルドの悪評を信じ、婚約相手に選んだのは他ならぬソラリスだ。それなのに、レジナルドをバカにするであろう貴族たちを責めたり非難したりできるはずがない。
(けれど……けれど……)
本当のレジナルドを知ったソラリスには、彼がバカにされるのが我慢ならなかった。
ソラリスは大きく深呼吸をしてから立ち上がる。それから侍女のアスティナを呼ぶと、ある頼み事をした。
***
「まさか、このような形で城に呼び寄せられるとは思っていませんでしたよ」
レジナルドが苦笑を漏らす。彼の隣には恭しく頭を下げたアスティナが立っている。
彼はアスティナの手引きでソラリスの部屋を訪れていた。
「正規のルートで入城したら話題になってしまいますもの。現時点でこれ以上悪目立ちしたくないし、こっそり招き入れるしかないでしょう?」
ソラリスはそう言って肩を竦ませる。
「この間のように、街で待ち合わせじゃいけなかったんですか?」
「そうしたいのは山々だけど、私もそれなりに忙しいのよ。元々の予定を変更してアニータやあなたに会いに行ったから、確認するべき書類や打ち合わせの予定が溜まってしまって」
「ソラリス様……いえ、ライリー様の変装した姿はとても愛らしかったのに、残念です」
揶揄するような雰囲気のレジナルドに、ソラリスは少しだけムッとしてしまった。
「冗談ですよ。ソラリス様は本当に真面目ですね。とてもご自分の評判を落としたいようには見えませんよ」
「わかっているけど、引き受けた仕事はきちんと全うしたいのよ」
会話をしている最中にも無意識に書類へ手を伸ばしそうになっているソラリスを見ながら、レジナルドはクスリと笑う。
「なるほど……確かにあなたは『男を見る目がない』との噂が立つぐらいがちょうど良さそうです。あと二年もすれば、王太子殿下ではなくソラリス様を次期王にという声が上がってしまいそうですから」
未来を言い当てられたことに驚きつつ、ソラリスは胸に手を当てる。
(いつかレジナルド様にはアニータとの間に起こったことを伝えられるかもしれない)
毒を盛られて時を巻き戻しただなんて、他人には信じがたいことだろう。けれど、レジナルドなら驚きつつも理解してくれるかもしれないとソラリスは思う。
しばらく迷った後、ソラリスは立ち上がってレジナルドを見た。
「やっぱり私、あなたがバカにされるのは嫌みたい」
「え?」
ソラリスが両手を叩くと、奥の扉からメジャーを手にした男性やサンプルの服を運ぶ女性、デザイン用のスケッチブックを抱えた男性が出てきて、レジナルドを取り囲む。それから、彼らはレジナルドの採寸を開始した。
「俺の役割を鑑みれば、バカにされるぐらいがちょうど良いと思っていたんですがね」
「自分でも矛盾するとわかっているわ。だけど、嫌なものは嫌なのよ」
採寸係のされるがままになっているレジナルドを見ながら、ソラリスが答える。
もしもレジナルドが噂通りの『女好きの放蕩貴族』ならそれで良かった。けれど、ソラリスは彼が聡明な人物だと知っている。なにも知らない無関係者に侮蔑されていいような男性ではないことも。
「少し着飾ったぐらいでは偏見は覆らないと思いますよ」
「わかっているわよ。けれど、なにもせずにはいられなかったの」
「俺への罪悪感ですか?」
レジナルドがそう言い当てる。――図星だった。
「そんなもの、抱かなくていいんですよ。元々バカにされてきたのですから今更気にしませんし、俺にはあなたと婚約をすることで得られるメリットもある。わざわざソラリス様の目的から乖離するようなことをしなくても……」
「良いの! 私がそうすると決めたの」
「……ソラリス様は存外頑固ですね」
「悪い?」
ソラリスはムッと唇を尖らせる。
自分にこんな一面があったなんて、これまで知らなかった。国のため、両親のために、正しいこと――正しく見えることだけをして生きてきた。王女としてそうするべきだと思っているし、いつか今の自分の行動を後悔する可能性だってゼロではない。
けれど、真っ当に生きていても命を奪われることはある。そして、たまには自分の本音に耳を傾けてみても良いんじゃないかと思ったのだ。
「それに、華やかに着飾ったレジナルド様も見てみたいしね」
「……ふっ。そういえば、ソラリス様は俺に一目惚れしたんでしたね」
噴き出し笑いをするレジナルドを見て、ソラリスは満足げに目を細めるのだった。




