第八話 新米メードのサーラ
突然の申し出に、アレクシアとデルマは呆気にとられながらサーラと名乗る女を見た。長い髪をぼさぼさにして、古く汚れた服を着ている。歳は、アレクシアより二つか三つほど下だろうか。
「……ウッツ様が?」
アレクシアが聞き返せば、サーラはそちらへと向き直った。そしてやはり、じろじろと無遠慮な眼差しを向けて、ふん、と鼻を鳴らした。
「そうですが。召使いのいない領主なんぞみっともないと仰って、あたしに――」
「お気遣い感謝する。しかし必要がない。アレクシア様には私がお仕えしている」
サーラの言葉をデルマは遮った。その顔には警戒心がありありと浮かんでいる。
あからさまに言ってしまうと、敵を中にいれるべきではないと心に決めているようだった。対して、サーラは目の前に立った、ここでは見慣れぬ顔立ちの女をじっと見上げた。
その瞳にはこれも露骨な、侮蔑の色が滲んでいる。
「あんたがですか? あんたが、このお方の召使い? 奴隷じゃなく?」
「奴隷ですって!?」
デルマが声を荒げれば、サーラの肩はびくりと震えた。デルマの剣幕を前に怯えたように瞳を揺らしたが、彼女が何か反論しようと唇を震わせたところで、アレクシアは慌てて二人に割って入った。
「デルマは奴隷じゃないわ! 私が信頼を置いている侍女です! サーラ、あなたがもし、私のメードになりたいのなら、まずはそこの認識を改めてもらう必要があるわ……あなたはここにケンカをしに来たわけじゃないでしょう?」
アレクシアが諭せば、サーラは口元をひくりと動かした。そしてちら、とデルマを睨みつければ、曖昧に頷いた。
デルマは既に顔から怒りを引っ込め、無礼を働いた女に冷たい眼差しを向けるばかりで、無言を貫いていた。
「とにかく皆、中に入りましょう。日が傾いてきた……私たち、川を見にいっていたの」
「……アレクシア様、本気ですか?」
「ええ、ウッツ様の〝ご好意〟、無下に断る必要もないから」
アレクシアの言葉に、デルマは納得がいかないようだった。しかし主人の決めたことと割り切り、しかし彼女の傍にぴったりと侍って、今し方やってきた新人のメードが万が一の事をしでかさないように、警戒心を隠さなかった。
(おそらく彼女の目的は……私たちを探ること。運が良ければ私たちを弾劾する理由を見つけられると考えてる……でも、……)
サーラは足を踏み入れた屋敷の荒れ果てように、顔をしかめているようだった。
「よくこんなところで寝泊まりをしてますね」
「二人だと片付けが中々進まないの。すぐに用意しなきゃいけないのは、あなたのお部屋ね」
「あたしの部屋?」
アレクシアの言葉に、サーラはそのまま返した。立ち止まった彼女に振り向いて、アレクシアは首を傾げる。何か変なことを口走ったのかと考えたが、そういったわけでもない。
「そう、サーラの部屋よ」
「いや、あたしは別に……」
「一階にメード用の部屋があります、アレクシア様。彼女がメードとして雇うならそこがよろしいでしょう。……線引きは必要ですよ」
「……そうね、部屋を見て、問題がなければそこにしましょう」
デルマの言うメード用の部屋は、埃を掃きだし、空気を入れ換えれば充分に使えるようだった。雨漏りもないし、窓も破れていない。ここに住んでいた前の主人も、メードの待遇には気を遣っていたようだ。
「デルマ、干していた私のシーツをとってきてちょうだい」
「……承知しました」
放置されたまま、汚れているベッドシーツを纏めつつアレクシアが頼めば、デルマが渋々部屋を出て行く。籠の中に放り込んでから、箒で床を掃き出した。
サーラはというと入り口のあたりで突っ立ったまま、ぽかんと呆けている。信じられないものを見るような目で、今し方雇ったメードのために自ら部屋の片付けをする女主人を眺めていた。
「ここが、あたしの部屋?」
「ええ、好きに使っていいのよ。不足なものがあれば言ってちょうだい」
「……この……部屋が?」
「ええ、ここで我慢してほしいの……なにせこの屋敷、ちょっと古くって……」
掃除に夢中になりながら答えるアレクシアの背をサーラは凝視していた。顔はひきつり、言葉は出ない。しかしサーラはすぐに我に返った。どうせ今だけだと。掃除がしたいならすればいい。そう思い直して、主人の姿から目をそらした。
「お前がメードとして仕えたいなら、自分の部屋を主人に掃除させる真似はさせないことですね」
戻ってきたデルマがサーラに冷たく言い放つ。水の入ったバケツと布をずいっと押しつければ、肩にかけた清潔なシーツをベッドに広げた。
「デルマ」
「アレクシア様。この者はメードとしてまったく未熟です」
己の主人が持っていた箒を半ば奪いながら、デルマは憮然と言い放った。手持ち無沙汰になったアレクシアは困ったように首を傾げ、侍女の言葉を待った。
「私が教育します。役に立って貰わないと」
「……あんまり厳しくしなくてもいいのよ?」
「いいえ、こればかりは私の領分です。ヌッツロース領領主の格を落としたくありませんから」
デルマの決意は固いようだった。彼女はアレクシアのことを頑固な主人と評するが、アレクシアからすればデルマもまた、決めたことは退かない性分だ。
まあ、彼女ならばこの子に理不尽な乱暴を働くこともない。そこは断言できる。その厳しさにサーラが逃げ出すかどうかは、ともかくとして。
「分かったわ」
アレクシアは一つ頷き、了承した。
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