第七話 招かれざる者
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翌朝――。
「陛下は何かを知っていらっしゃると思うの」
デルマが作った朝食を食べながら、アレクシアはふと呟いた。
「何か、ですか」
「ウッツ様の口ぶりからして、私をここへ向かわせたのはヨナーシュ様ではないわ。おそらく……国王陛下。マティアス様はあの日、彼が私を追及することを知らなかった……でも事態を把握したあと、私の処遇を決めたのは陛下よ。ヨナーシュ様の言葉を遮って、陛下は私を追放刑にした……」
「彼の暴走を止めるためでは」
デルマが白湯を飲みながら肩を竦める。一理あるわ、とアレクシアが頷いてパンを囓った。
「どちらにせよ、私がここに追放されたのは理由があるに違いない。その手がかりがあの井戸の紋章……」
「彼らはどうでるでしょう?」
デルマが示しているのは、この村の住人たちだった。アレクシアの言葉に明らかにウッツは動揺していた。デルマの目には、それが彼が尋常ではない何か――それが怒りではないことは明らかだったが、とにかく感情を揺さぶったように見えた。
アレクシアの問いから逃げるように去ったウッツ、何が起こったのか分からないように彼に従って去って行った男たち……これだけで終わるとは思えない。
「しばらく全面的な協力は見込めないと思う」
「そうでしょうね」
「こういうときは少しずつ信頼を得ていかないと……幸い、政務と違って時間制限はないわ……いえ、一刻も早い解決が望ましいけど、強硬策はあれきりにしたいわね」
「まさかアレクシア様が統治権を振りかざすとは思いませんでした」
「あら、意地悪な言い方ね?」
「私は良いと思っていますよ」
まずは屋敷の片付けと調査をしないと、アレクシアが呟きながらテーブルに視線を彷徨わせる。
「デルマ、今日の新聞……」
「残念ながら、この村にはありませんよ」
「……もう一つ、権力を振りかざす必要性が出てきたわ」
数日遅れの情報でも無いよりはましだとアレクシアがこめかみを押さえる。何もかも手札が足りないが、やるべき事はいくつもある。それを一つずつ解決をしていけば――。
「……デルマ?」
デルマが庭の方をじっと見ている事に気づき、アレクシアは首を傾げた。切れ長の彼女の目は殆ど睨むようにそちらへ向けられている。微かに腰を浮かせて立ち上がろうとしているようにも見えた。
「来客?」
「いえ…………」
デルマが言いよどみ、小さく首を振る。そしてアレクシアへ向き直り、笑みを向けた。
「アレクシア様、良い天気なので歩きませんか」
「え?」
「川に行ってみる、というのはどうでしょう」
◆
足元に転がる小石たちは乾いていたが、おそらくここも水の流れがあったのだろう。
しかしいま目の前に見えるそれは、頑張ればアレクシアでも渡れてしまうほどのせせらぎになっていた。
「皆ここに水を汲みに来ているのね」
「ええ、何往復も」
水が濁っていないのは幸いだったが、この僅かな水の流れが元は村の井戸に繋がっていて住民たちの生活を支えていたものだとは思いをもよらない。
「水源はこの先の山ね。問題なく川が流れていた時ならばここを通って、国を流れる川のいくつかとぶつかりあいながら、王都の傍を流れる大河、コッレント川と合流する」
アレクシアはゆるやかに登っていく川沿いに眼差しを向けていた。ここも本来ならば緑が豊かな場所であろう。しかし水の流れが乏しいせいで枯れ草のほうが目立っている。二人は暫く黙って歩いていたが、やがて口を開いたのは、アレクシアだった。
「それで……見張られてるのね?」
その言葉にデルマはぴくりと片眉を上げた。こちらへと振り向くアレクシアの顔をまじまじと見つめ、やがて頷いた。
「まだ敷地内に入ってきてはいませんが、外からこちらを窺う気配が。すぐに手を出してくるというわけではないようです……しかし」
「向こうもこちらがどうするかを知りたいのは当然よ。だから少しずつ、味方を増やす必要がある。必要なのは信頼出来る人間だということを分かってもらう理由……」
アレクシアは言葉を切り、再び沈黙した。曇り空を見上げ、ため息を吐く。
「王都で信頼を得られなかった人間が、上手くやれるかは分からないけど」
「アレクシア様、あまり自らを卑下なさらぬよう。……代わりに、ここに来てあなたには得られたものがあります」
デルマがにやりと笑えば、アレクシアは首を傾げた。それはなに、と問う。
「自分が思う通りに出来る自由です。あなたを縛るしがらみは離れていきましたから」
「……それもそうね。向こうではしがらみがあった。今はそれがない、今は……」
肩を揺らしてアレクシアが笑う。デルマの言葉に気が軽くなったのか、歩く足取りはしっかりしている。
「このまま水源を見に行くわ。ついてきて、デルマ……」
「はい」
歩いて行く。暫くすると本格的に山道になり、道も険しくなっていった。並大抵の令嬢ならば、ここで靴が汚れてしまうだとか、足が痛いと言い出して引き返してもおかしくはない。
アレクシアは何も言わずに靴を汚し、デルマも続き――そして大きな岩に阻まれた。
「困ったわね」
目の前に転がる大岩を見上げ、アレクシアが眉尻を下げる。大の男よりも大きなそれが道を阻んでいるのだ。
「乗り越えるには少し手間取りそう」
「お待ちください、アレクシア様」
もどかしげに靴を脱ぎかけたアレクシアをデルマが止めた。
彼女も大岩を睨み、その前をうろうろと歩き回り首を傾げる。
「不自然です」
「どういうこと?」
「この岩です。どこから転がってきたのか、見当がつかない」
「ええっと、デルマ、それって……この岩は自然にここに転がってきたのではないから、不自然ってこと?」
アレクシアの問いにデルマは無言に肯定し、膝をついた。乾いた土と周囲を見比べ、ひとつ頷いた。
「土と岩の様子からして、かなり前に誰かがこれをここに持ってきた……つまり、誰かが、誰もここを通れないようにした。そう考えていいでしょう」
「……誰が? どうやって? ……なんのために……この先の水源を隠そうとしているの?」
「それは、分かりません。あきらかなのは強い拒絶の意思がある……準備もないまま無理に向こう側に行くのは危険です」
デルマが告げれば、アレクシアは軽く呻いた。散歩というていで来た手前、こちらは殆ど丸腰である。デルマが腰に提げた剣だけ――それに関しては心強いが、それでも躊躇う要素は多い。ここまで来て引き返すのは、正直、嫌だけど。
「……出直しね」
「そうしたほうがよいかと」
もどかしい。解決の糸口が掴めそうなのに、それがするりと指先から逃げていくような心地にアレクシアは唇を軽く噛んだ。
◆
帰路につくアレクシアの頭の中はあの岩の向こうにあるはずの水源のことで頭がいっぱいだった。あれさえどうにか出来れば……。
「……」
「アレクシア様」
ようやく屋敷の前に戻ってきた瞬間、デルマに腕を掴まれる。はっと我に返り、前を見れば屋敷の門の前に誰かが立っていた。――若い女だ。
少し小柄で、むすっとした顔で門の前に立って屋敷を睨んでいる。その手には大きな鞄があった。
「何か御用ですか?」
真っ先にデルマが、警戒心を露わに彼女に声をかける。すると女はこちらに気づいたのか、目を見開き驚いた顔をしたが、やはり仏頂面を崩さずにじろじろとデルマを眺めた。
「あなたがアリクスア様ですか?」
「アレクシア様に何か? あなたは誰です」
「……村長に言われてきました。アリクスア様にお仕えしろと。サーラ、と申します。それで……どこに行ってらしたのですか? あたしはずうっとここで待ちぼうけだったのですが」




