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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第一章

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第六話 ヌッツロース領主アレクシア

「ウッツ村長……」

「聞こえませんでしたかな。離れなさいと言っておるのですが」

 

冷ややかな声とともに一歩、付き従っている男たちが前に出る。(こば)めば無理やりにでもと言いたげに、アレクシアとデルマを睨み付けていた。それに対してデルマも一歩、アレクシアを(かば)うように前に出た。その顔に恐れは全く無い。

 

「……理由を教えていただいても?」

 

アレクシアの声も気丈だった。ウッツはその声にぴくりと眉を動かし、やはり手入れの行き届いていない髭をもごもごと動かしながら。

 

「…………毒を入れられてはかないませんのでな」

「毒? 私たちが?」

 

口元を引きつらせたのはデルマだ。そのような目で見られる(いわ)れは無いと言いたげにウッツを睨めば、老爺も男たちも一瞬たじろいだ。

 

「待って、デルマ。……分かりました、離れましょう」

 

アレクシアが井戸から離れ、さて、と目の前の村民たちを見据え、切り出した。

 

「水が湧き出なくなったのはいつからですか?」

「それを聞いてどうなさるのです?」

「井戸を元通りにするのです。そうすれば水汲みをしに川を往復する生活をやめられると思っています。解決するには原因を探さないと……仮説が本当であるかを確かめないと……私たちには情報がいるのです」

「何故、あなたがそうするのです?」

「何故って……」

「王都から追放されたあばずれがしゃしゃるんじゃねえ!」

 

ウッツに付き従っていた男の怒鳴り声に、アレクシアは一瞬身を固くした。初めてそう罵られたことに、悲しみや怒りよりも驚きが勝った。目を丸くし、その男の方を見やる。

 

「あばずれ……」

 

彼は敵意を隠そうとせず、今にもアレクシアに掴みかかろうとしていた。他の男たちも同じ様子で、こちらの言葉を聞き入れるとは思えなかった。

 

(そうね、デルマの言うとおり早すぎたかも……)

 

ここに来る前、デルマが口にした忠告を思い出しながら、小さく首を振る。

政務として地方の問題を解決していた時も、こうしていい顔をしない村人たちにたびたび出会った。その時、自分には肩書きがあった。それがあれば、彼らは不服があってもとりあえずは引き下がったのだ。そうして対話をし、物事を解決していった。あの時の彼らの手のひらといったら! 

……しかし今、アレクシアはその正当性がなかった。彼らの言うとおり王都から追放され、持っていたそれを剥がされた罪人なのだから。

 

(……肩書き?)

 

昨日ウッツが話していたことをふと、思い出す。

統治権。

ヌッツロースの領主として罪を償えば……。

頭の中で物事が繋がったような、それとも親におもちゃを取り上げられた子どもが、ちょっとした悪戯を思いついたような気分にアレクシアはぱちりと瞬きをする。

 

(私の尊厳をほんの少しだけ、取り戻せる方法が一つだけある)

 

ちら、とデルマを見やる。彼女もアレクシアの視線に気がついたらしく、微かに片眉を上げた。なにかまた、突拍子も無いことを考えついたのではと言いたげだったが、しかし彼女は無言のまま、彼女の行動を見守るつもりらしい。

 

(不思議ね、こんなこと考えつくだなんて)

 

やると決めたら、あとは自分の覚悟だけ。

 

「ウッツ様、昨日はなんと仰いましたかしら」

「……は?」

「ええっと、統治権が、どうとか」

 

アレクシアのとぼけた言葉に、ウッツはさっと顔色を変えた。

好き勝手に生えた眉の奥で忌ま忌ましげに輝く瞳が見えた。デルマはアレクシアの言葉に、密かに(たん)(そく)したようだったが、すぐに居住まいを正して口を開いた。

 

「ええ、この者は『国王陛下がアレクシア様にヌッツロースの統治権を与えた』と確かに言っていました。……それが、ここの領主になったという意味だとも、確かに私は聞きました」

 

デルマの声色は堂々としている。この冷静で理知的な人が己の従者である幸運をアレクシアは内心、改めて喜んだ。彼女と二人ならば、きっと乗り切れる。

そう思うと、若い少女の内側から元気が湧いてきて、自然と声色も弾んだ。

 

「そう、ならば領主として、この問題は見過ごすことは出来ませんね」

「領民を豊かにする。それは領主の務めであることはアレクシア様も充分に理解していらっしゃいましょう」

「ええ、そう、私はその努力をしないといけませんね。ウッツ様、そういうことですので――」

「そんなこと認められるか!」

 

あばずれ、とアレクシアを(ののし)った男がアレクシアに掴みかかろうと詰め寄る。しかしデルマが一歩早く、あるじと彼の間に立ち塞がった。

 

「私のあるじに触れるな」

「あ? ……う、……くっ……」

 

デルマの瞳には(めい)(かく)な殺気があった。それに射貫かれ、男は一歩、後ずさる。黙らせようとした女二人がまったく黙る素振りを見せないことに、彼らは苛立ち、また戸惑っているようだった。ある者は顔をしかめ、ある者は顔を見合わせている。

そんな中、彼らを従えていたウッツはアレクシアをまじまじと見つめ、暫く唸っていた。その顔には、彼女達が理解出来ないという困惑と怒りが浮かんでいる。しかしやがて、口を開いた。

 

「たしかに、国王からはそのように」

「…………私は――ヌッツロース領領主アレクシアとして、身を粉にして働く所存です。どうかお力添えを」

 

アレクシアの言葉にウッツは鼻を鳴らした。王都を追われた小娘に何が出来る。

 

「それは村人おのおのが決めること。せいぜい、無駄な()()きをなさるといい……。出来なかった場合の覚悟も、貴女にあればよいのですがな」

 

ウッツはそう言い捨てて、(きびす)を返す。ぶつぶつと文句を呟きながら、歩き出す彼の背を見て、アレクシアは慌てて呼び止めた。

 

「ウッツ様! ひとつ聞いてもいいですか?」

「…………」

「涸れた井戸の内側に、紋章が刻まれていました。そのことについて、教えてください!」

 

アレクシアが問えば、ウッツの背の曲がった身体が大きく跳ねた。そしてゆっくりとアレクシアに振り返り、髭を震わせた。(どう)(よう)を隠しきれない瞳を井戸に向けて、なぜ、と口を開いた。

 

「なぜ、あれが岩の傷ではなく、紋章だと……?」

「あの紋章を私は知っています! 祖母が持っていた護符、それに刻まれていたものと同じだったからです!」

第6話をお読みいただきありがとうございます!

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