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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第一章

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第五話 涸れ井戸

()()()しか持たない村人たちがどうやって生きるだけの水を得ているのか。

その答えは村の外にあった。小さな川が流れていて、それが唯一の水源だった。デルマがよくよく調べたところ、ここ一帯を(うるお)していた川だったらしい。しかし今や、せせらぎ、といった程度のものになっている。

 

「川の水が来なくなって、井戸が涸れた……」

 

アレクシアは書斎の片付けをしていた。見つけた箒で埃を掃きだし、調度品を拭いていく。自分の住み処を()(れい)にすることは夢中になれた。いっとき、アレクシアは将来の憂いを忘れることが出来たのである。

 

「ここに住んでいたのは学者様かしら……でもこの本は見たことがないわ。きっと王立図書館にもない……」

 

本棚には書物が(すき)()()く並んでいて、それはアレクシアの興味を引くには充分だった。他にも、棚には道具があった。全て埃がかっている。

 

「これ……」

 

そのうちの一つに、アレクシアは見覚えがあった。

(こっ)(きょう)(かい)で使われていたものだ。聖石を使ったペンデュラム。国教会はこれで、女が聖女の資格を有するのか見極める。大聖堂には特段大きなものがあった。

それで大聖女を選定するのだ。――アレクシアも一年前、その選定を受けた。強い力を持つ聖女、大聖女候補として。

そこまで思い出して、アレクシアは唇を噛んだ。小さく首を振り、もう一つの思考を拾い上げる。

 

(つまり……ここで住んでいたのは国教会と関わりが? この村で一番大きい屋敷に住んでいて、国教会と関わりがあったのに村は荒れ果ててしまった……?)

 

ペンデュラムを棚の奥へ。その時のアレクシアの手は無意識だった。視線も、別の道具へと向いていた。それがゆらゆらと円を描くように揺れているなんて、気がつきようもなかった。それはほんの一瞬の揺らぎだったからだ。

 

「それに……ここに来てからなにかの力を感じる……ほんの僅かだけど、万物素(アルケー)に似た気配……なにかしら」

 

己が立つ床、それよりももっと深い場所に流れるものをアレクシアは確かに感じていた。

 

「いえ、ここにも万物素の道(アルケライン)があるはずよ。でもここに来てからそれは一切感じられない……いえ、完全にではない……」

 

棚を離れ、うろうろと部屋を回りながら思考に耽るアレクシアにはもう片付けをするという考えは、捨て置かれていた。

 

「同じような村の事例があった筈……その時も――」

「ただいま戻りました、アレクシア様」

 

(ぼっ)(とう)からアレクシアを引き戻したのは、デルマの声だった。瞬間、アレクシアは慌てて箒を握り直し、たった今まで掃除に夢中だったというふうに()(つくろ)えば、デルマは軽く首を傾げた。

 

「いかがされましたか?」

「い、いいえ……なんでも。村はどうだった?」

「まあ、歓迎されているとは受け取れませんね。得られたものも僅かです」

「……それでも売ってくれるのはありがたいことだわ」

 

デルマの手にある(かご)、わずかな食物が入ったそれを見てアレクシアは胸をなで下ろす。

 

「それで……井戸は……」

「やはり涸れて随分経つようです。皆、水を汲みにいきますが、人の手では限界がある。作物を育てるのは骨が折れるでしょうね」

 

ため息交じりに語るデルマに肩を落とす。あの井戸さえ(よみがえ)れば、きっと暮らしは(いく)(ぶん)か楽になるだろう。――どうにかできないだろうか?

 

「百聞は一見にしかずよ」

「アレクシア様?」

「井戸を見てくるわ」

 

いてもたってもいられなくなり、アレクシアは服についた埃を払った。(おどろ)いたのはデルマで、慌ててあるじを制した。

 

「お待ちください、何処へ行くとおっしゃいました?」

「井戸よ。何の理由もなく井戸は涸れない……何か理由があるはずよ」

「今ですか?」

「ええ、気になるもの」

「しかし住民たちが気を悪くするのでは?」

「どうして?」

「私たちはまだ余所者だからです。王都から追放された、得体の知れない女二人。彼らは私たちが何をしでかすか……恐れています。今は動くべきではありませんよ」

 

デルマの声にはありありと心配の色が(にじ)んでいた。一理ある。昨日引っ越してきた人間が、涸れた井戸を調べるだなんて、不審しかない。……それでも。


「それでも私は調べるべきだと思うの」

「相変わらず、言い出したら止まりませんね」

 

一歩も引かないアレクシアにデルマがため息を吐く。一緒に来てちょうだい。そう言って歩き出したアレクシアにいそいそと従った。



「あなたはどう思う?」

 

乾いた井戸の底を眺めながら、アレクシアはデルマに訊いた。湿っていればまだ望みもあるだろうにと小さなため息を一つ吐けば、デルマは(しばら)く考え込んだ。そしてふと、口を開いた。

 

「……土が悪いと思います」

「土?」

「ええ、土の気が強すぎます」

 

デルマの言葉にアレクシアが首を傾げれば、どう説明すればいいか、デルマは言葉を探した。

 

「……噛み砕いて言うと、土が元気すぎてその栄養となる水を全て吸い上げてしまう、と言えばいいでしょうか」

「吸い上げている?」

「乾いた土に水を与えると?」

「……すぐに吸い込むわ、土が自己回復出来るように」

「ええ。ヤトルカの古い考え方です」

「なるほどね……でも土が元気なら、植物が育つはずよ。でも、そうなっていない」

「適正に元気であれば、です。〝土〟が強すぎると、本来〝木〟に流れるはずの力がそこに留まります。だから植物が育たない。つまり……この地に(じゅん)(かん)する力の流れが上手くいっていない、という見立てになります」

 

デルマの言葉にアレクシアは頷いた。万物素の道が閉ざされている感覚はこれだろう。

 

「私の仮説と同じね。問題はそれがどうして――」

 

井戸の中を見渡しながら(こぼ)す言葉は、途中で止まった。積み上げられた井戸の石の表面が不自然に……人工的に削れているのを見つけたからだ。妙な()()(かん)を感じたアレクシアがそれを睨めば――彼女の中で一瞬、時が止まった。どきりと心臓が揺れ、(はや)(がね)を打つ。もっと近くで見ようと、アレクシアは身を乗り出しながら、声を上げた。

 

「デルマ、見て。あれ……おばあさまの護符の紋章よ……!」

「あっ、ちょっ……、アレクシア様!」

「どうしてこんな所に……井戸の石に刻まれてるの?」

「アレクシア様! これ以上身を乗り出すと落ちますから!」

「そこから離れなさい」

 

低く、厳しい声が飛んできて、興奮していたアレクシアはようやく顔を上げた。老爺――ウッツと数人の男がこちらを()(げん)に睨んでいた。

第5話をお読みいただきありがとうございます!

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