第七十五話 与奪
来る。
直感した瞬間、アレクシアは手をかざしていた。エリーズ――聖女像の右に立つ柱が鳴動する。光の粒が柱を巡ったと思えば、白い枝状の石塊がアレクシア目がけて襲いかかってきた。
「禦止」
周囲を漂う万物素から生成された盾が、アレクシアを守る。鋭い先端がぶつかれば、それは粉々に砕けた。
――解析。柱から出現した石塊は、これまでに遭遇した石像を構成するものと同定。大聖堂内の構造物と同じである。
「……エリーズの〝身体〟も?」
――同様と推察。
『すごい……! アレクシアさん、やはりあなたは他の聖女とは違うのですね……!』
エリーズが驚いたような声をあげる。しかしそれもどこか嬉しそうであった。
「他の聖女?」
『ええ、他の聖女さんたちはすぐでした』
「……」
ぞくりと背筋が凍るような心地に、アレクシアは柱を見た。白く輝く二柱は、淡く輝いている。
――敵対的建造物を解析。……万物素回路に複数の万物素の兆候。
「それって……」
『さあ、皆さん』
エリーズの号令と共に、それぞれの柱の表面に起伏が現れる。それらは徐々に、若い娘の姿を形作っていく。……柱に囚われた、幾人もの聖女。その表情は安らかなままだ。
「聖女たちを柱に……!」
『アレクシアさん、あなたは右の柱の一番上です。私、あなたの為に空けておいたんです』
「……そんなの、ごめんだわ」
『大丈夫。私を支えるという重圧を恐れることはないのです。左の柱はあなたの一番大切な、あの侍女のためにとっています。』
「っ、デルマ……!? いいえ、デルマは私が眠らせて……!」
『今、〝私の騎士団〟と戦っていますよ。きっと彼女はここにくる……さあ、アレクシアさん。彼女を出迎える準備をしましょう』
聖女たちが再び鳴動し、石塊の枝が再び襲いかかってくる。それは瞬く間に枝分かれし、アレクシアを翻弄しようと、大祭壇に張り巡らされていく。
「禦止!」
アレクシアは防戦一方だ。石塊は脆く、万物素の盾で防げば砕けたが、なおも枝分かれするそれらは徐々に、彼女を追い詰めていく。
――根本的な解決を推奨。
「分かってる! でも……」
――……柱を構成する個体の復元は不可能。
ケファリの声にアレクシアは唇を噛んだ。鋭い先端が腕を掠め、痛みが走る。
『だめです、傷つけてはいけません。アレクシアさんはきれいなまま、柱になってもらわないと……!』
エリーズの咎める声に、柱は小さく明滅した。エリーズの叱責に応えるようにも見えた。
「……随分と私を評価してくれるのね」
『あの、アレクシアさんは、嫌なのですか? どうして? とても神聖な役割なのに……』
「……答えても、あなたはきっと理解できない。私はもう、役割を与えられるような人間じゃないの」
アレクシアは右の柱を見据えた。唇が言葉を紡ぐと同時、磨き上げられた床に亀裂が走った。裂けたそこから蔓が伸び、アレクシアはすらりとした指で柱を示した。
『……え?』
「拘束」
驚くべき速さで蔓は柱を捕らえ、聖女たちごと雁字搦めにする。幾重にも絡まる蔓が柱を締め上げるのに、エリーズの声は焦りを滲ませた。
『アレクシアさん……! やめてください! そんなことをしたら皆さんがかわいそ――』
「砕け」
柱に罅が走る。
聖女の滑らかな肌にも細やかなそれが入ったが、彼女たちは悲鳴ひとつ上げない。穏やかな表情のまま、アレクシアの蔓に締め付けられ――やがて、音を立てて砕け散った。
『なんてこと……! なんてこと、アレクシアさんッ……どうして……! 皆さんは私を支えてくれているのに、あなたの仲間なのに……!』
「違うわ、エリーズ。彼女たちは支えさせられていたの。あなたにね」
アレクシアの声色は鋭い。残った左の柱は激しく明滅している。まるで動揺しているかのようだった。しかしすぐに、エリーズは声を明るくさせた。
『あっ、わかりました! 右の柱がお嫌だったのですね!』
「……」
『左がいいなら、早く言ってくれれば――』
――遠距離による破壊を推奨。
「射貫け」
間髪入れず、アレクシアは唱えていた。柱を万物素の矢が穿つ。いくつもの穴が開き、それは瞬く間に崩壊していく。がらがらと音を立てて、やがて瓦礫の塊が出来上がった。
『ああああ――ッ!?』
「……」
初めて、聖女の声が悲痛なものに変わった。彼女が動けたなら、地団駄を踏んでいたに違いない。その証左に、彼女の足元のヨナーシュも悲鳴をあげている。
――耳触りだ。
そんな考えさえ浮かんで、アレクシアは微かに俯いた。自分でも悍ましく感じるほどの怒りを、己の中に感じたからだ。
『どうして、どうして……ッ、みなさんが、わたしの支えが……! アレクシアさんはどうして、柱になることを嫌がるんですか? とても素晴らしいことなのに、幸福なことなのに!』
喚く聖女像にアレクシアは一歩、聖女像に歩み寄る。その緑の目は炯々として、鋭い。
「あなたの祝福は、救いでもなんでもないわ。あなたは人を人としてみていない。救っているつもりでも、その人たちのことを見ようとすらしていない。……それを祝福なんて、私は認めない」
『…………』
アレクシアの言葉に、聖女像は沈黙した。しん、と静寂が大祭壇を包む。
「……もう、やめましょう、エリーズ。……あなたに伝えなければいけないことがあるの、大神アクリ様は――」
『あっ!』
「!」
エリーズは声を上げた。それは微かに震えていて、何かを抑えているように聞こえた。その声にアレクシアは歩みを止め、目を細める。
『わかりました! 私、やっとわかりました! ごめんなさい、アレクシアさん……私、あなたに酷いことをしようとしていたんですね……』
謝罪の言葉を口にするエリーズの声は、妙に明るい。
「……エリーズ……?」
『柱じゃ、駄目だったんですね!』
――危険!
ケファリの声よりも、それは早かった。
アレクシアが砕いた二本の柱――その瓦礫が、瞬く間に再生したのだ。それはもはや柱では無かった。真っ白な二本の、女の腕。それがアレクシアに襲いかかり、その手で彼女を捕らえたのだった。
「っあ……!」
衝撃と痛みにアレクシアの意識が飛びかける。肋骨のいくつかが折れたような、激痛。滑らかな女の手に捕らえられ、身体を引き回される。
『そうですよね、アレクシアさんは大聖女候補だった方……柱ごときじゃ、ご不満ですよね……! 私ったら、アレクシアさんの気持ちを分かっていませんでした! ごめんなさい! ……どうしよう、アレクシアさんが幸せになるようにしなきゃ……』
「……なに、を……」
――危機。離脱を推奨。
『あっ……私、思い出しました! 昔読んだおとぎ話……皆の願いを叶える、聖杯のお話です!』
両腕を掴まれ、アレクシアは持ち上げられた。足が揺れるのを感じる。白い床が遠くなっていくのを見て、そして、霞む視界を前に向けた。
聖女が、眼前で、慈愛の笑みを浮かべている。
『そう、アレクシアさんは聖杯になるのが一番いいと思うんです。だって、皆の望みを叶えるのが、お好きでしょう? 誰かを救って、誰かに必要とされたいんでしょう? ずうっと、他人のためにそうしてきたんですから、そうですよね? 本当は、私みたいになりたいんでしょう?』
「……えり、ず……」
『でも駄目です。大聖女は私一人だけ。……だから一度、あなたを万物素として溶かして……きらきらして綺麗な聖杯にしてあげます。それからずっと、私が使ってあげますね、皆さんのために』
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