表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
最終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
74/80

第七十四話 大聖女と悪魔

 アレクシアは立っているだけで精一杯だった。

 目の前の巨大な聖女像から目を逸らすことができない。

 

『ようこそ、私の大聖堂――いえ、大聖域へ』

 

 エリーズの声が響き渡るたびに、彼女の両隣に立つ柱が淡く(かがや)く。この大祭壇全体は、彼女のためにある。アレクシアの本能は(けい)(しょう)を鳴らしていた。

 

「大聖域……?」

 

 エリーズの言葉がひっかかり、ようやくアレクシアが言葉を発する。聖女像は慈愛の笑みを湛えたままだったが、しかし目の前の者を(へい)(げい)しているようにも見えた。

 

『そうです。私はこの王都を大聖域として、祝福いたしました。アレクシアさん、ご覧になったでしょう、この地の、民衆たちの新しい姿を――』

 

「石像のこと? あれはあなたがやったのですか?」

 

『そう。私が、大聖女たる私が、王都全てに祝福を!』

 

 エリーズの声は誇らしげだった。それに応えるように、大聖堂の模様に光の粒が走る。

 

『大聖域となったこの地は、この世で最も豊かで、安全な地。全てが私に祝福され、正常に存在できる……唯一の地!』

 

「なんてこと……あなたはあれが、人があんな状態になることが正しいと……?」

 

『これは大神アクリ様のご意志――不完全な肉体と精神を、祝福によって修復し、完全な姿にする……それが私、大聖女エリーズの使命! 王都は大聖域として永久に栄え、そしてまた民はここで終わらぬ幸福を(きょう)(じゅ)し、大神アクリ様に祈りを(ささ)げるのです! それがこの地のあるべき姿なのです』

 

 (とう)(すい)。そんな調子の声だった。アレクシアは口元をひきつらせ、自分のうちから微かな怒りが湧き起こってくるのを感じた。この娘は何を言っているの? それは紛うこと無い、嫌悪だった。

 

『いずれ私は、王国の全てに祝福を授けます。いつまでも傷つかない肉体、役割を全うする幸福――そうです、これほどの幸せはありません、アレクシアさん!』

 

「…………」

 

 沈黙が大祭壇に落ちる。アレクシアの息は浅く、目の前の聖女像を見つめるだけだった。エリーズは、それを不信がったようだった。

 

『ああ、恐れているのですね、私を。無理もありません。私はあなたを悪魔憑きと言ったのだから……あなたを罰するのではないかと、そう恐れているのですね?』

 

 エリーズはくすくすと笑った。アレクシアにはそう見えた。

 

『安心してください。私はもうあなたを傷つけるつもりはないのです。むしろ……』

 

 アレクシアはふと、彼女の足元から(うめ)(ごえ)のようなものが聞こえてきたことに気がついた。男の呻き声……ひどく、苦しんでいるようなそれに、おそるおそる視線を向ける。

 

『あれは不幸な誤解だったと、ずっとお詫びしたかったのです。アレクシアさん、あなたは悪魔憑きなんかじゃなかった……悪魔憑きだったのは――』

 

「え……」

 

 エリーズの傷一つない真っ白な素足、それを支える台座に不自然な起伏があることに気がついた。いや、これは台座ではない――それは、地に伏せた男の像だった。


 二つの(ねじ)れた角が額から伸び、鋭い爪を持つ手は地面を掻いている。聖女に踏まれた悪魔像……その顔は見間違えるはずがない、この国の王太子にして、アレクシアの元婚約者、ヨナーシュそのものだった。

 

「ヨナーシュさま……!」

 

 虚空を見上げる彼の顔には()(もん)がありありと浮かんでいる。台座と一体化した彼の背を、エリーズの右足が踏みつけているのだ。まるで彼を屈服させているかのように。

 

『ア、アレクシア……? アレクシア……ッ』

 

 ヨナーシュの声がアレクシアを呼ぶ。それも苦痛に(まみ)れている。

 

『そう、真の悪魔憑きはヨナーシュ様だったのです。彼は(ねた)みの心を持った故に、悪魔に取り憑かれた。そしてあなたをおとしいれ……そしてついには、悪魔そのものとなってしまった。なんて哀れな御方……』

 

『タスケテクレ……! オレハ悪魔ナドデハ――アァアアアア!』

 

 ヨナーシュの叫喚が響き渡る。聖女像は姿勢を微動だにしない。しかし、アレクシアは確かに感じ取っていた。今、この瞬間も彼女は彼を踏みにじり、罰し続けているのだと。

 

『ヨナーシュ様、あなたは私の神託を(ゆが)め、アレクシアさんを処刑しようとし、更には悪政をもって王都の民たちを苦しめました。この所業、まさに悪魔というに相応しいではないですか』

 

『アァ……ウウウ……オレハ……チガウ……オレハ……オマエノ……!』

 

『ええ、あなたはこう言うでしょう。私、大聖女エリーズの大神託に従っただけだ、と。いいえ、あなたは間違ったのです。妬みに心を(むしば)まれ、大神託を歪めて実行したのです。私の大神託が間違っていたのではなく、あなたが間違ったのです』

 

『ソンナ……チガウ……オマエガ……!』

 

 エリーズは笑みを深めたように見えた。口元に笑みを深め、足元の哀れな悪魔をじっと見据えた。アレクシアにはそう見えた。

 

『でも安心してください。私はヨナーシュ様を見捨てるつもりなど、ありません。私はあなたの婚約者なのですから! 救いの手はどのような者にも差し伸べられます。こうして、大聖女である私に永遠に屈服する悪として祝福しましょう。そうすることで、彼は永遠の罰を受ける悪として、世界の(いしずえ)に、大聖女の祝福の証明になれるのです』

 

『イ、イヤダ……! オレハ悪クナイ、オレガ間違ウハズガナイ……! アレクシア、オレヲタスケロッ、デキルダロウ! オマエナラ、出来ルダロウ!』

 

 ヨナーシュの叫びに、アレクシアは一歩よろめいた。

 歪な二つの像――世界に祝福を与えながら足元の悪魔を踏みにじる大聖女、その背に大聖女の足を受けながら、苦悶の表情を浮かべる悪魔像。これが普通の彫刻ならば、民衆はその神聖な姿に、大神の加護を見ただろう。

 

『悪魔よ、アレクシアさんを惑わすのはやめなさい。……罪深きあなたを祝福します』

 

『アアアアアアアアアア――!』

 

 ヨナーシュ――悪魔の叫びはぷつりと途切れた。そしてエリーズは、改めてアレクシアを〝見た〟。

 

『さて、アレクシアさん。私はあなたにお願いがあるのです』

 

 彼女の声は微かな興奮と喜びを(はら)んでいた。今までの話はただの()()。そう言いたげでもあった。

 

『アレクシアさん、あなたは素晴らしい力を持ち、今まで民衆を導いてきた……そう、お願いというのは……この私、大聖女エリーズを助けていただきたいのです』

 

 聖女像の瞳に()()かれる。その眼差しは、アレクシアを救うべきものとして見つめるものだった。


 ――警戒。


 黙していたケファリの声。アレクシアはぐっと息を呑み、聖女像を()()えた。


『ずっと永久に……この大聖域のために、世界のために。私を支える柱となってくださいませんか?』


 エリーズの囁きは、無邪気で、どこか恍惚めいていた。まるで、遊びに誘う子どものように。

第七十四話をお読みいただきありがとうございます!

ブックマーク、評価、感想、リアクション嬉しいです:)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ