第七十三話 大聖堂
大聖堂地区の入り口には、まだ人の営みの名残があった。巡礼者向けの宿、香油屋、護符を売る露店。アレクシアもここをよく訪れていた。彼女の中にある思い出は、穏やかな日常が流れる場所だった筈なのに。
――万物素の濃度上昇を検知。
ケファリの声が告げるが、住民や巡礼者、修道士見習いの石像にはもう、触れる気にならなかった。
「ケファリ。……王都を元に戻せる方法って」
――不可逆。
「では、私は……あなたは何をしようとしているの?」
アレクシアが訊けば、ケファリは数秒黙った。そして返事が返ってきた。
――大聖堂内部に存在する処理端末から、権限を奪還。
「奪還……つまり、アクリが持つ力を取り上げるのね。その後は?」
――現行基幹を停止。現在王都で運用されているものは不適切。
――新基幹に再構築後、運用を開始。
ケファリの言うことの殆どを、アレクシアは理解出来なかった。
しかしこの身に宿った基幹とやらは、どうするべきかを心得ている。それだけは分かる。……つまり、自分はケファリを大聖堂へ連れて行けばいいのだ。……その後、自分がどうなるかはもうどうでもよかった。それでも。
「そうすれば……石になった人たちは……」
――復元対象外。再構築による影響は不明。
「……」
――最優先事項は被害拡大の阻止。
――再構築により王都外への影響は停止する。確定事項。
「そうね……」
ついに諦めて、アレクシアはため息交じりに頷いた。もう王都は手遅れなのだ。これ以上の侵食を食い止めるために、ここに来た。自分に言い聞かせ、大聖堂地区を進んでいく。
――個体名アレクシア。基幹は理解する。
「理解?」
――……。
答えず、ケファリは黙した。石畳は陽光を受けて輝き、アレクシアの影をうつしている。小さな礼拝堂や神官の宿舎、孤児院も全てが白く輝いていた。――ここは、こんな場所だっただろうか。
――建築物を走査。石像の構成成分と一致。
大聖堂へ向かって祈りを捧げる石像が増えてきた。全てが穏やかな顔で、どこか恍惚としているように見える。
――……石像個体への調査を希望。指定、聖女。
ケファリの言葉に、足を止める。すぐ近くで祈りを捧げている聖女の像が目に入り、アレクシアは一瞬、躊躇ったが歩み寄った。白い肌のそれに触れる。
――部分的接続確認。構成調査。付与記録を参照。〝大神アクリへの祈り〟を実行中。異常検知、なし。完全な演算資源産出端末。出力安定……。
聖女像から、声は聞こえなかった。そっと手を離し、アレクシアは歩いて行く。祈りを捧げる像は大聖堂へと近づくほどに増えていった。敷地への大階段に辿り着く。白く輝く段差を、のぼっていけば、大広場へと辿り着いた。
夥しい祈りの像を、アレクシアは目にした。神官、聖女、巡礼者、貴族、庶民。石像の全てが、祈りを捧げている。そこから発せられる万物素の気配に、アレクシアは思わずよろめいた。
「……声?」
石像に触れていないのに、声が聞こえてくる。ケファリのものではない、祈りの声だ。様々な声が重なって、まるで歌のように聞こえる。頭の中に響くそれに、息苦しさを感じて、アレクシアは胸を押さえた。
「…………大聖堂の中へ」
石像群の合間を縫って、アレクシアは開け放たれた扉から中へと入った。祈りの声は聞こえなくなり、しん、と静寂が落ちている。しかし、何かに見られている。そんな気配がした。
長い廊下を進んでいく。見慣れたはずの場所であるのに、どこか違う。荘厳な装いであった壁や柱は、継ぎ目のないつるりとした、無機質な白い壁に変わっている。それがどこか、ちぐはぐに思えた。
――壁面、床面内部に万物素回路を検知。膨大な万物素は全てこの先へ流入している。
「……この先にいるのね」
――肯定。警戒を。
一人、廊下を進む。薄暗いと思えば、壁や床が一定の間隔で淡く輝いている。光の粒が奥へと向かっていた。よく見ればヌッツロースの聖窟と同じ紋様があって、光の粒はそれに沿って走っているらしい。
――感知。
ケファリが短く告げると同時、廊下を抜けた。身廊。その奥、大祭壇。
アレクシアはは、と息を呑み、立ち尽くした。
天井へ届かんばかりの、巨大な聖女像。
白く、滑らかな肌。
全てを受け入れようと広げられた、両腕。
慈愛を湛えたあどけない顔は口元を笑ませている。
全てがステンドグラスからの淡い光に包まれ、その輪郭を浮かび上がらせていた。
それはあの日、自分が追放された日、王太子ヨナーシュに寄り添っていた女の姿をしていた。
まさしく大聖女――。
「エリーズ、さま……」
『お待ちしていました、アレクシアさん』
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