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【完結】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
最終章

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第七十二話 亡都を駆ける

 頬に土を感じ、デルマはゆっくりと目を開いた。

 身体に(まつ)わりついていた(つる)を掴めばそれは容易に千切れていく。はらはらと落ちていくそれらを払い、デルマは(うめ)きながら身を起こす。

 

 周囲を見渡す。自分以外に動く人影は見えない。

 眼前にある城門は気を失う前と変わらず、閉じられていた。

 

「あの……馬鹿ッ……!」

 

 悪態を吐き、拳で地面を叩く。自分を拘束し、一人で門の向こうへ行ってしまった主人への怒りではらわたは煮えくり返っていた。彼女は何を勝手に――。

 髪の毛をくしゃりとかき上げる。指先に柔らかなものが触れた。ヴェルヴェーヌの髪飾り。

 

「……」

 

 大きなため息と共に立ち上がり、城門の傍にある鉄扉から入ろうとする。びくともしない。恐らく、アレクシアが閉じてしまったのだろう。

 

「…………くそっ……」

 

 もどかしい気持ちで城門を見上げる。どこから侵入するか、と考えを巡らせているとふと、あることを思い出した。

 

「ツチラトが言っていた……抜け道があるって……」

 

 つまり東地区付近だ。思い至ったと同時、デルマは駆けだしていた。


 

 壁を辿(たど)っていけば、すぐにそれは見つかった。

 そこから出てきたと思わしき人々の石像で、周囲は(あふ)れていたからだ。おそらく貧民街の住民が人目を盗んで作ったのだろう、狭い通路にデルマは入って、慎重に進んでいく。進む先からざわめきは聞こえない。ただただ静かだった。

 

 やがて光が見え、外に出た。(ほこり)っぽい風が頬を打つ。おおよそ清潔でない町並みが目に入り、()えた匂いにデルマは眉根を寄せた。

 (うずくま)る老婆の石像、言い争う男たちの石像、布を干す女の石像――それらを横目に、進んでいく。すると、この地区の出入り口にあたる場所に出た。

 

「……これは……」

 

 凄惨。その一言に尽きた。

 閉じた門をこじ開けようと手を伸ばしたままの男。地面に倒れ伏す女。壁へ爪を立てて()()く老人。襤褸(ぼろ)(まと)ったかのような身なりの住人、修道服を着た聖女、磨き上げられた鎧姿の騎士――。

 

 全てが真っ白な石像になっている。そのどれもが、表情に恐怖や怒り、混乱を張り付かせていた。

 まるで、己に降りかかった災いが理解出来ないと言いたげに。

 

「……確か、貧民街は全面封鎖されたと……」

 

 ツチラトが言っていたことの真相はこれだろう。つまり――この石化現象はこの貧民街から始まった。疫病の(まん)(えん)を防ぐための()()とは名ばかりで、王都の上層部はこれを隠したかったのだ。

 

「なんて(おぞ)ましい……」

 

 思わず呟き、デルマは周囲を見渡す。天を仰ぎ、絶叫したままの姿を留める聖女の石像が目に入る。耐えきれずそれから目を背ければ、その先には立派な鎧姿の男がいた。

 

「ジュリアン・プールナール……!」

 

 デルマは思わず呟いた。そこには緑槍騎士団の団長――その石像が立っていたのだ。あの万民に分け隔てなく接する彼が、恐怖と怒りを顔に張りつかせ、住民たちに槍を振るわんとしている。これが魔獣相手ならば、さぞ勇猛果敢な騎士の姿として讃えられたであろう。しかし、彼の鋭い眼差しの先には怯える住民の像しかない。

 

「……何故、こんなことに……」

 

 思わず(なげ)きの言葉を零し、立ち尽くす。ふと、これらの像――そのいくつかが古びていることにデルマは気がついた。雨風に(さら)されたせいだろうか、石像の表面は細かなひびが走り、角は少し丸みを帯びていた。

 

 このまま彼らはどうなってしまうのだろうか。微かに呼吸が浅くなり、デルマはのろのろと首を振った。ここにアレクシアの気配はない。今は彼女が最優先だ。

 

「扉が開けばいいが……」

 

 男が開けることの叶わなかった扉に歩み寄り、ぐっと押してみる。(わず)かに動く気配がして、デルマは力を込めてそれを押した。がたん、と音を立てて扉がずれる。やっと一人通り抜けられるような隙間が出来て、デルマは身を滑り込ませた。

 

 静かだ。人の気配が無い。ここがかつて(りゅう)(せい)を極めた王都だとは思えない。貧民街に隣接するのは東地区。デルマはそこを抜け、南地区へと出た。

 

「ここもか……」

 

 工房が建ち並ぶ南地区も、おおよそ同じような有り様だった。工房の一つを覗いてみれば、中で職人がハンマーを振り上げている。他にもガラス職人が吹き竿を構えたまま、革職人がなめらかな牛の革に(はさみ)を入れたまま――各々が仕事に取り組む姿で石像と化していた。

 

「……水はどうなっている?」

 

 ふとアレクシアが気にかけていたことを思い出して、水路を覗き込んだ。底が見えるほどきれいに見える。しかしデルマはそこから発せられる嫌な気配に、眉根を寄せた。

 

「なんだ……この気配……水なのか、これは……?」

 

 思わず後ずさる。分からないことだらけだ。何故住民たちが石像になったのかも分からないし、ここにある街路樹も、水も、自分の知らない気配をさせている。――この世の物ではない、ような。

 

「アレクシア様……」

 

 焦りが(つの)る。

 彼女は王都に入りどこへ向かったのか……王城か、それとも北地区の、彼女の家か。それとも――。

 

 デルマの指先がぴくりと動いた。瞬間、彼女は横へと跳びすさり、元いた地面は重たい一撃を受けて砕けた。すかさず体勢を整え、デルマは携えていた山刀を抜く。土煙がもうもうと上がっている中、重たい足音がこちらへと向かってくる。ひとつ、ふたつ……小隊の規模だ。

 土煙から白い影が現れて、デルマは目を見開いた。騎士――紅の戦斧!

 

「紅斧騎士団……!」

 

 デルマは思わず彼らの名を呟いた。紅斧騎士団。かつて深紅の鎧を纏い、紅の戦斧を振るい武勇を誇った者たち。その誉れ高い深紅の鎧も、鍛え上げられた肉体も今や白い石へと変わり果てている。ただあの紅の戦斧だけが、そのままだった。

 

 そして、他の石像と違い彼らは……動いている。一糸乱れぬ隊列で、目の前の侵入者、デルマへと迫り、彼女を排除しようとしているのだ。

 騎士の一人――兜で顔は見えないが、あの恵まれた体躯は恐らく団長のルッツだろう。彼がぎこちなく手を上げれば、騎士たちは隊列を変え、ぐるりとデルマを囲んだ。

 

「……ッ……まずいな……!」

 

 手練れのデルマと言えども、王都随一の武勇を持つ彼らと相対するには、分が悪い。しかし彼らは簡単には逃がしてくれそうにないようだ。

 金色の目を細め、ゆっくりと息を吐く。戦斧を振り上げ、騎士像たちが襲い来る。己を両断せんとする刃の一撃をかいくぐり、デルマは山刀を振るった。

 

(こんなところで死ねるか! 私は……)

 

 騎士の一体の腕に足を乗せ、飛び上がる。山刀を振るえば、その頭は驚くほど呆気なく、切り落とされた。頭を失った騎士像は奇妙に震え、やがて後ろに倒れる。それはすぐに、動かなくなった。

 

「すまないがお前たちに用はない、私が探し求めているのは、アレクシア様だ!」

 

 叫ぶ。山刀の柄を強く握り、怯まず襲い来る騎士像達をデルマは見据えた。

第七十二話をお読みいただきありがとうございます!


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