第七十話 永久の都
門を守る騎士達の詰め所から、アレクシアは王都へと入り込んだ。門番はいたがやはりそれも石像で、眼差しを王都の外へ向けるのみの置物と化している。
詰め所ではそこで休む騎士の石像があった。兜を脱いで談笑し合う男たちの像を横目に、アレクシアは内側へと出る扉を開いた。
――王都への侵入成功。
ケファリの声が頭の中で響く。アレクシアはおそるおそる外へ出て、周囲を見渡した。
ケファリが見せてきた王都の映像は何ヶ月か前のものだが、その光景と変わらず、街路樹は緑の葉を茂らせ、一見、穏やかな町並みが広がっている。
追放されるまでは、ここもよく歩いていた。王城へと突き抜ける一番大きな道だ。客を呼ぶ声や子どもたちがはしゃぐ声、王都にやってきた人、旅立つ人……アレクシアの記憶の中でのここは、いつも賑わっていた。
しかし、今は静まりかえって、アレクシアの靴音がやけに響いた。
「……っ……」
ふと見つけたものに、アレクシアは思わず息を呑んだ。街路樹の下で話す男女の石像。昼間の陽光に照らされて、滑らかな白い表面は輝いている。
彼らの表情は外のものと違って、穏やかだった。ある昼下がりのひとときをモデルにしたもの……そう言われても何らおかしくはない。
――この個体への調査が必要。
「個体? ……ということは、やはり人間なのね?」
頭の中の声に言葉を返す。誰かがそれを見れば、気が触れてしまったと思われるだろう。しかし今、この場にはアレクシアしかいない。
――肯定。しかし既存の個体から変質。異常を感知。可能ならば接触を。
接触。その言葉にアレクシアは微かに躊躇った。触れてよいものなのだろうか? もし触れて、そこから自分の指も石化してしまったら? そんな考えを見抜いたのか、ケファリは続けた。
――防護を付与中。
「……わかったわ」
そうっと、女性の像、その肩に触れる。ひんやりとして、硬い。間違いなく、石だった。ちょっとやそっとでは壊れないだろう。
――部分的接続。構成調査。石質外殻の内側に複雑な万物素回路を確認。素体の個別情報を回路化、最適化したものと推測。個体への命令付与を確認。
「命令? 彼女に何かをさせようとしているの?」
――付与記録を参照。表情〝朗らかな笑顔〟の維持及び、〝日常的会話〟の実行。
「え……」
――実行記録を参照。
ケファリが短く告げた瞬間、アレクシアに流れてきたのは二人の声だった。
男と女。どちらも穏やかで、それでいて無機質だった。
『今日は良い天気ですね』
『ええ、あたたかいですね』
『洗濯物がよく乾きそうです』
『そうですね。散歩にも適しています』
『王都は平和ですね』
『はい、王都は平和です』
『今日は良い天気ですね』
『ええ、あたたかいですね』
『パン屋さんのパンを食べましたか』
『パン屋さんのパンを食べ、わたしは洗濯物をよく乾かします』
『そうですか。あなたはパン屋さんのパンを食べ、洗濯物をよく乾かしますか』
『はい。あたたかいですね』
『今日は良い天気ですね』
――実行記録に異常検知記載あり。参照。
『今日は良い天気ですね』
『ええ、あたたかいですね』
『洗濯物がよく乾きそうです』
『そうですね。散歩にも――……てくれ……だれか……』
『……もういや……続け……くない……王都は平和ですね』
『はい、王都は平和です』
『今日は良い天気……ずっと……おれ、……たち……』
『ええ、あ……この、まま……』
〝修復処理実行。ノイズを排除〟
『パン屋さんのパンを食べましたか』
耐えきれずアレクシアは像の肩から手を離す。
目の前の女性像は白い石の肌のまま、男へと朗らかな笑みを向けている。――その内側で巡る万物素の気配を、アレクシアははっきりと感じ取っていた。
この石像の中で、彼女たちだったそれが回路を巡っているのだ。おそらく、永遠に。
「……こんなことって……」
――個体仮称、〝日常会話をする女〟の筐体内部は全て万物素回路である。万物素の循環を確認。この個体は付与された命令を実行することにより……
「そんな言い方やめて!」
思わずアレクシアが声を荒げれば、ケファリは沈黙した。一歩、二体の石像から後ずさり、アレクシアは周囲を見渡した。
これらと同じ石像が、いくつか立っている。
露店を開く商人、買い物をする住民、即興で歌う吟遊詩人。
アレクシアはふらふらと覚束ない足取りで、それらに歩み寄り、触れていった。どれも同じだった。付与された命令を実行――歌い、売買し、会話をしている。
ふと気づいたのは、一定の間隔で万物素の力が増大しているということだった。リュートを弾く吟遊詩人が一曲終えると同時、彼の中で巡る万物素の気配が強くなるのだ。そしてゆっくりと元に戻る。それを繰り返しているらしい。
「……ケファリ。どうしてアクリは皆をこうしたの?」
アレクシアは沈黙を守るケファリに聞いた。僅かな間ののち、ケファリは応えた。
――不明。しかし推測は可能。
「教えて。王都の民はほとんどが大神としてアクリを信仰していた……どうして、こんなことになったの?」
――演算資源の確保と推測。個体――言い換えを推奨。生命が発する万物素により、基幹及び処理端末は動作する。特に人類が発する万物素は、信仰行動と強い相関を持つ。何らかの理由により演算資源が減少。処理端末はそれを解決するために個体を改造したと推測。
「……なんのために、あなた達は万物素を使って……動いてるの?」
――基幹たる為。この世界の維持する基幹たる為。処理端末も同様の目的。おそらく基幹の理念を模倣している。基幹はこのような方法は指示しない。
頭痛がして、アレクシアはこめかみを揉んだ。
何もかもが手に負えなさすぎる。心が折れそうだった。――だが、知ってしまった以上、もう後戻りは出来ない。
「彼らを元に戻す方法は、あるの?」
――不可逆。筐体の耐用年数は半永久的。
重たい沈黙が降りた。アレクシアはじっと、目の前の石像を見つめたまま、動けなかった。やがて力なく首を振り、アレクシアは震える手を握りしめて。
「それなら……! ……これ以上の被害を止めないと……万物素の流れを感じる。それを辿りましょう」
会話を切り上げ、アレクシアは歩き出した。彼女が去った大通りは、いつものように静まりかえり、風に揺られた新緑の葉が揺れる音だけが微かだった。
第七十話をお読みいただきありがとうございます!
残すところ10話です!よろしくお願いします:)




