第六十九話 別離
王都へと近づくにつれ、見かける石像の数は多くなっていった。
「見て……」
これも王都から逃げ出した一団だろう。ざっと二十の石像。馬車を引く馬すら、そこで時を止めている。どの石像も精巧で、今にも動き出しそうだった。
そのどれもが王都から離れようとしていた。その石像とすれ違いながら、道を進んだ。
「……これが全て生きた人だったとして、どうしてこんなことに……」
――処理端末運用の為の演算資源の確保。効率化が目的。
頭の中でケファリの声が響く。そのどれもがアレクシアの知識にはなく、意味の分からないものだった。言葉の出ないアレクシアにデルマが頷く。
「石化の呪いではないのでしょう?」
「ええ……呪いであれば少なからず、悪意の気配を感じるものでしょ? この石像たちにはそれがない。……むしろ、その反対すら感じる。祝福と同じような……」
「これが祝福……?」
「信じたくはないけど……」
見かける石像は、ほとんどが真新しかった。昨日見かけた風化しかかった石像とは違って、つい最近のものなのだろう。表情には混乱や恐怖、焦燥が刻まれている。
城外の集落に差し掛かる。ここの石像群は、混乱に満ち満ちていた。
馬車を引く者、項垂れながら歩く者、走ろうとしている者、躓き転けたままの者、蹲り頭を抱えている者、呆けたまま王城を見上げる者。
「アレクシア様、王都で何をなさるつもりなのですか」
「……」
「私にはこの地が手遅れに見えます」
デルマの声はどこか淡々としていた。だがそこに僅か、主人の考えを止めねばならないのではないかという迷いがあった。今ならば引き返せるかもしれない。今だって、二人がいつ、彼らと同じようになってもおかしくはないのだ。
「ええ……でも、見たでしょう? この現象、おそらくはいずれ王都全域に広がってしまう。そうなればこの国は終わり……もしかすると、隣国にも伝播するかもしれない」
「……隣国」
「そうなる前に止めないと。これの原因を突き止めれば、何か解決出来る手立てがあるはず。もしかすると彼らも戻るかもしれない……私は、そうしなければならないの」
手綱を握るアレクシアの手に、力がこもるのを見やり、デルマは目を細めた。こうなったら止められないことは、既に分かっている。だが、聞かずにはいられない。
「何故、あなたが?」
「……自惚れだと思う?」
「いいえ、あなたならば出来ます」
「不思議ね、私もそう思うの」
くすくすと肩を揺らし、アレクシアが笑う。それきりデルマは何も聞かず、アレクシアと共に集落を抜けた。王城、正門が眼前に現れる。それは閉ざされ、入ることも出ることもまかりならないという意思を見せていた。
二人は下馬し、それを見上げた。この門の向こうで何が起こっているのか。ケファリが見せてきた映像――おそらく、今まで見てきたものと同じ石像がある。王都の住民全てがそうなってしまったのか、それともまだ無事な者がいるのか。
(ヨナーシュ様はあの時無事でいらしたわ……)
今はどうだろうか。もう石像に成り果てている気もする。しかし、もし無事ならば助けたい。ヨナーシュだけではない。まだ間に合うならば。
それから――。
「デルマ。この門を抜ければ、きっと戻ってこられない」
「覚悟しています」
大正門を見上げ、告げるアレクシアにデルマは応えた。彼女はいつもそうだ。何の躊躇いもなく、自分に付き従ってくれる。何の疑いも持たずに。
アレクシアは小さく息を吸い、言葉を続けた。
「……いいえ、覚悟出来ていないのは私なの」
アレクシアはデルマに振り向き、そっと微笑んだ。寂しさの影が彼女の瞳を冥くし、それを見たデルマは目を見開き、何かを言いかけた。それよりも、アレクシアの唇が動くほうが早かった。
「拘束」
本能か、デルマはそこから飛び退こうと身を捩らせた。しかし、地面から突如とし伸びてきた蔓が、彼女の足に絡みつき、それを阻んだ。
蔓はするすると彼女の肌を這い、その身体を戒めていく。
「なにを……!」
「あなたを、道連れにする覚悟が出来ていない」
「ッ……これを外しなさい!」
デルマは力一杯藻掻いた。その蔓は容易に千切れそうな見た目をしていたが、びくともしない。しかし痛みはない。
金色の目が、目の前の主人を射貫く。アレクシアは微かに身体を跳ねさせた。緑の目に怯えがよぎり、しかしすぐに強い意思が宿った。
「あなたを失いたくない」
「アレクシア様!」
それを引きちぎろうとする腕にもいよいよ蔓は絡みつく。それはデルマが抵抗すればするほど、戒めを強くし、果てにバランスを崩して、デルマはその場に倒れた。
「眠れ」
アレクシアの声と共に、デルマは自分の意識が朦朧とするのを感じた。がり、と唇を噛み、痛みで意識を保とうとする。
しかし強い眠気が、彼女を襲った。
それでも藻掻き、目を開いて彼女を見る。視界がぼやけて、思わず呻く。
「……これが、最後の命令です」
薄れていく意識の中で、アレクシアの声だけがはっきりと聞こえ、デルマは指を動かす。
「あ、れくし、あ……!」
「目が覚めたら、ここから去って」
「いや、だ……わたし、……!」
ひゅ、と喉から空気が漏れる。視界は暗く、デルマは自分の力が抜けていくのを感じた。どこか心地よい感覚に、抗えない。
「ヤトルカへ、帰りなさい」
唇を動かす。声が出ない。
「……お姫さまに戻る時よ、デルマ」
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