第六十七話 統治権
デルマにヴェルヴェーヌの髪飾りをつけられ、手鏡を渡される。真っ白な花で出来たそれが灰青色の豊かな髪に咲き誇って、アレクシアはそっと目を細めた。
「デルマ?」
「はい」
「……この髪飾りの本当の意味って、知ってるの?」
「……本当、とは?」
アレクシアの問いにデルマは平然と返した。この様子では知っていないようだ。どう答えればいいのか迷っているうちに、デルマは恭しくアレクシアの手を取った。
「どうぞ、貴賓席へ」
エスコートされて、有耶無耶なままで席に座る。すでにテーブルには肉や魚の香草焼き、新麦のパンに焼きたてのパイ、秋野菜を煮込んだスープが並べられている。エールを注いだグラスはきらきらと陽光に輝いて、まさしく祭りの席に相応しかった。
「お姉さま、かわいい髪飾りね!」
さきに席に着いていたクラリスがアレクシアのそれを見るなり褒めてきたのに、そっと頬を染めながら頷く。
「デルマがつけてくれたの」
「えー! いいな、それって大切な人から貰えるものなのでしょ?」
「クラリス! どこでそれを?」
「村の友達が言ってた!」
くすくすと悪戯っぽく笑うクラリスにもう……と眉尻を下げる。既に祭りは始まっており、広場では食事を楽しむ人々、音楽を奏でる楽人、輪になって踊る人々で賑わっていた。それを眺めて、クラリスが目を見開く。
「これが収穫祭なのね……!」
「ええ、今年の収穫を祝い、日々の労働を労うの。村人たちの為にね」
「ふふっ、お姉さまの言うとおり、みんな楽しそうだね!」
姉妹は食べ物に舌鼓を打ちながら祭りを眺めていた。するとサーラが通り掛かったのを見かけて、アレクシアは声をかけた。
「サーラ!」
「アレクシア様」
料理のいくつかを手にしたサーラがはい、と頷く。彼女が食べるには些か多く見えて、誰かに持って行くのかと訝しんでいると、ふと、サーラの髪に小さな花の集まり――カランコエの花で出来た髪飾りがついているのが見えた。
「サーラ、あなたそれ……」
「あっ! いや、あの、これは……!」
「サーラお姉ちゃん、誰から貰ったの!?」
アレクシアの指摘に慌てふためくサーラに、追い打ちをかけるようにクラリスが声を上げる。顔を真っ赤にしながらサーラは貴賓席に近寄って、周囲を見渡した。
「その、ですね……」
サーラに顔を寄せて聞き入る姉妹に、サーラは一瞬躊躇ったが、意を決して口を開いた。
「フェリクスに……」
「フェリクス様に!?」
「声が大きいです!」
ごめんなさい、とアレクシアが口元に手を当てる。クラリスは興味津々なようで、サーラからもっと聞き出そうとしている。
「ねえ、なんて渡されたの……?」
「クラリス、駄目よそこまで聞いては……で、どうなの、サーラ?」
「お二人とも……! べ、別に私は……その……悪く思っては……」
「…………」
「その…………あなたを守る騎士になりたいって……フェリクスは……そうやって……」
口ごもるサーラにアレクシアとクラリスが顔を見合わせる。くすくすと笑う二人にもう、とサーラが憮然とすれば、ごめんなさい、と笑いを堪えながらアレクシアが言った。
「いってらっしゃい、フェリクスによろしくね」
顔を真っ赤にさせて俯いたサーラが去って行くのを見送り、アレクシアとクラリスは再び広場を眺めた。幸せなひとときが続いている。この日々がずっと続けば良いと、ふと思った。
食事が片付き、アレクシアは貴賓席から降りた。広場に集う村人達を見渡し、ゆっくりと頷く。
「皆さんと二度目の収穫祭を迎えられたこと、この上ない幸せに思います」
アレクシアがそう切り出せば、村人たちは歓声をあげた。アレクシア様、万歳! ヌッツロース万歳! 村と良き領主を讃え、互いに喜び合う。
「この村の平穏と繁栄がいつまでも続くことを、私は祈っています。どうか皆、力を貸してください」
「勿論ですよ、アレクシア様!」
「ああ……アレクシア様こそ、真の聖女です……! いつまでもこの村をお治めください……!」
村人の声に、アレクシアはそっと目を瞑った。そしてゆっくりと息を吐き、口を開いた。
「私、ヌッツロース領主アレクシア・デュランは宣言します」
アレクシアは隣に立っていたクラリスの背をそっと押した。クラリスはちらとアレクシアを見上げ、そして真っ直ぐに村人達を見つめた。
「今この時より、ヌッツロース統治権を妹であるクラリス・デュランへと委譲。そして――」
アレクシアはもう一度、村人たちを見渡した。皆、目を見開き微動だにしない。それでも、伝えなければならなかった。
「後見人として蒼盾騎士団隊長フェリクス・フォン・オーステン及びツチラト・ヤシャ・シグレを任命します」
第六十七話をお読みいただきありがとうございます!
感想、ブックマーク、評価、応援とても嬉しいです、ありがとうございます!




