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【最終章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
最終章

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第六十六話 望みと決意

「大丈夫よ、少しじっとしていてね」

 

 膝を擦りむいて泣きじゃくる子どもを、クラリスは(なぐさ)めた。血の(にじ)む傷口に手をかざす。

 

治癒(セラピア)

 

 クラリスの手が淡い光を(まと)う。すると傷口はみるみるうちに癒え、きれいになった。

 

「わあ……!」

 

「すごい、すぐ治っちゃった!」

 

「ありがとう、クラリスちゃん!」

 

「ふふ、どういたしまして!

 」

 再び元気に走る子どもたちを見送って、クラリスは己の手を見つめた。

 不思議だ。ここに来てから、祝福の力が日に日に強くなってきている。

 

 ――まだアレクシアには伝えていないが、王都から抜け出す直前、クラリスに聖女の兆候が現れた。両親は喜んでクラリスを褒めちぎったが、とうの本人の心は憂鬱だった。

 姉を追放した国教会に属すのは嫌だったのだ。しかしそんなことを言えるはずもなく、聖女認定の儀を受けることなったところで……ツチラトに連れ出してもらったのである。

 

「……でも、今はお姉さまの力になれる……この力も、きっと役に立つよ……!」

 

 思い直してクラリスは村の中央広場へと足を運んだ。そこは慌ただしく、村の人々が収穫祭の飾り付けや、食材の仕込みを行っている。

 

「……収穫祭まであと三日かあ……」

 

「やあ、クラリス様」

 

 後ろから声をかけられ振り向けば、そこにはツチラトがいた。彼も準備に参加しているらしく、資材を腕に抱えている。

 

「ツチラトさん! 忙しそうだね?」

 

「ははっ、この村一番の祭だからな。お散歩ですか?」

 

「うん!」

 

 クラリスが頷けばツチラトは笑った。そしてふと、思い出したように切り出した。

 

「アレクシア様は今日はお屋敷に?」

 

「え? うん、そうだと思う……朝ご飯は一緒に食べたよ。でもなんだか元気がなかった気が……」

 

 クラリスが顔を曇らせれば、ツチラトも眉根を寄せた。その顔には女領主への気遣いがありありと浮かんでいる。

 

「最近かなり忙しくされてたんでねえ。収穫祭が終わればゆっくりできるとは思うんだが」

 

「……毎日執務室にこもりっきり。デルマが休んでって言わないと、ずっとよ。ここに来ても相変わらずなのね、お姉さまは」

 

「そうやってここを大きくしてきたからな、あの人は」

 

「……」

 

 クラリスはもう一度、広場を見渡した。忙しいながらも村人たちの顔はいきいきとしている。これから厳しい冬がやってくるというのに、心配や不安はあまりなさそうだった。自分たちには刈りとった実りがある。そういった自信があるのだろう。

 

「わ、私ね……お姉さまを助けたいな……ちょっとでも、力になれたらいいのに……」

 

 己の手を見つめて、クラリスが呟く。ツチラトは軽く目を見開いて、彼女を見つめた。

 

「助けたい、ですか」

 

「うん。私も王都でたくさん勉強したよ。でも、お姉さまにはかなわない。お姉さまみたいに、村の人たちが困ってることとか、どうすれば楽しい毎日になるかとか、まだ分からないもの。……でも私、お姉さまにも楽しい気持ちになってもらいたいの」

 

 ぽつぽつと呟く少女に、ツチラトは深く頷いた。そしてぱっと顔を明るくさせ、それなら、と声をあげた。

 

「それなら、もっと勉強をしないと!」

 

「う、うん……!」

 

「アレクシア様だって、最初からああだったわけじゃない。失敗もしてきたし、色んな事を試した」

 

 クラリスが首を傾げる。本当に? と言いたげな彼女に頷き、ツチラトは言葉を続ける。

 

「勉強をして、村の人間と話をするといい。時には手と足と土で汚して、泥だらけになってください。そうしたら、楽しいですよ。どうすればいいか、きっと自ずと分かる」

 

「……泥だらけに? お洋服、汚れちゃうね」

 

「そうすれば洗えばいい、人の手って何でも出来るからな」

 

 悪戯っぽく笑うツチラトにつられて、クラリスがはにかむ。彼の言葉はいつも、クラリスの中に染みこんでくる。王都にいたときだって、彼は飄々としながらも優しい。

 ツチラトが去り、クラリスは暫く広場を眺めていた。――と。

 

「あら、クラリス……」

 

 声へと振り向くと、アレクシアが立っていた。どうやら準備を見に来たらしい。その顔にはやはり拭えない疲れが見えている。彼女の顔色を見て、クラリスははっとし、眉根を寄せた。

 

「お姉さま」

 

「? どうしたの、クラリス」

 

 アレクシアの手をとり、そっと彼女を見上げた。ほんの少し、口にするのを(ため)()ったが、それでもクラリスは意を決して、告げた。

 

「あ、あのね、お姉さま! 私、お姉さまみたいな立派なひとになりたい!」

 

「……ふふ、嬉しい。でも急にどうしたの?」

 

 アレクシアが首を傾げれば、クラリスの手に微かな力がこもった。姉と同じ緑色の目を真っ直ぐにして、言葉を続ける。

 

「私ね、ここに来る前に聖女の兆候が出たの! でも私、国教会の聖女になんかなりたくなかった……だってお姉さまを追放した人たちにつくなんて、嫌だったの!」

 

「……兆候……」

 

 アレクシアは一瞬(がく)(ぜん)とし、しかしすぐに表情を戻した。クラリスの手に己の手を重ね、彼女に耳を傾ける。

 

「それとね、ここに来てから私、祝福の力が強くなってきてるんだ! だからこの力を使って、お姉さまの力になりたい! だからね、沢山勉強するの! ツチラトがいうとおり、勉強して、泥だらけになって、村の人たちと沢山話すの!」

 

 クラリスの無邪気な声を、アレクシアは黙って聞いていた。

 ときおり小さく頷き、やがて、口を開く。

 

「そう……あなたも……そう思うのね……」

 

「お姉さま……?」

 

「…………いい心がけよ、クラリス。でもね、いい? 私のために力を使うのではなくて、ここにいる皆のために、その力を使ってほしいの」

 

「皆のため……?」

 

 アレクシアの言葉にクラリスがぱちりと瞬きをする。アレクシアはひとつ頷き、広場の人々をそっと指さした。

 

「村のため、村を訪れる人のため、あなたを慕ってくれる人のため、……そして、自分のために。そうすれば、きっと……誰かが見てくれる。それが、いつかあなたの支えになるわ」

 

「……うん……?」

 

クラリスは曖昧に頷いた。

 愛する姉の言葉の真意を汲み取ろうとして、しかしそれがとても難しいようだった。

 

「…………ねえ、お姉さま。見てくれる人って?」

 

「……それは、人それぞれよ。家族、恋人、神様……あなたが見てくれていたらいいなって、思う人」

 

「それなら、お姉さまね!」

 

 自信満々に言うクラリスに、アレクシアは幸せそうに笑った。



 ――収穫祭前夜。

 夜更け、クラリスは執務室に呼び出された。

 小さな欠伸をしながら、扉をノックする。姉の声に促され、扉を開けばそこにはアレクシアと、デルマ、サーラ。そしてツチラトとフェリクスが立っていた。皆、一様に顔を強ばらせている。

 

「お姉さま、たち……? どうしたの?」

 

「……クラリス、お話があります」

 

 アレクシアがクラリスを見据え、重々しく切り出す。部屋の空気がぴんと、張り詰めた。

第六十六話をお読みいただきありがとうございます!

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