第六十話 王都封鎖
ダイニングルームに、一同が介した。
「まずは結論から言うぜ。……王都が封鎖された」
ツチラトが告げてきた言葉は皆を黙させるには充分だった。皆、戸惑いの顔のまま、互いに視線を巡らせている。フェリクスが意を決して、切り出した。
「どういうことですか、ツチラト殿」
「……正確に言うと、〝恐らく既に封鎖されているだろう〟だな。オレたちは封鎖される前にあそこを脱出したから」
「……」
冷静に返すツチラトの横で、クラリスが俯く。席を外させるかどうか一瞬迷ったものの、アレクシアはツチラトへ眼差しを向けた。フェリクスも力なく呻くのみだ。
「続けてください」
「冬に話したとおり、春に王都を離れる人間が増えた。最初は貧民層が逃げ出しただけ。そうたかを括っていたが、その流れは止まらなかった。……それと同時に、貧民街で疫病が流行りだしたのさ」
「疫病……」
「おそらく、水質の悪化が原因だろうな。王家と国教会はすぐに浄化のための聖女を数人と、治安維持のために緑槍騎士団を貧民街に派遣した。そして――」
ツチラトは言葉を切り、険しい顔をさせた。
「ほどなくして貧民街は全面封鎖。中にいた住民、派遣された聖女、緑槍騎士団……その団長、ジュリアン・プールナール含む全員……誰も、出てこなかった」
「ッ……ジュリアン殿が……!?」
がたん、と立ち上がったのはフェリクスだ。その顔はさっと青ざめて、ツチラトを凝視している。まさかそんな、と否定したそうな彼に、ツチラトは小さく頷いた。
「貧民街の入り口は封印。周囲も見えないように壁が作られた。……上層部がいうに、疫病の蔓延を防ぐための措置。聖女と騎士団は対応中と……そんなの誰も信じちゃいねえけどな。……奴らが派遣された日、その近くにいた人間が言うに……人の物とは思えない女の叫びがあがって、それをきっかけに貧民街が騒がしくなった。いつものように物盗りや人殺しの騒ぎなんかじゃない……それから一刻も経たねえうちに、嘘みたいに静かになった、だと」
力なくフェリクスが椅子に座り直す。項垂れる彼を、サーラは不安げに見ている。
「……いったい、なにが……」
「オレたちの情報網でも何も分からなかった。見にいった奴もいるが、行方知れずだ。……とにかく、民衆たちも馬鹿じゃないし、北地区の貴族も流石におかしいと感じたんだろう。王都を出て行く人間は更に増えた。……そんな中、オレたちはある情報を掴んだんだ。王家が王都の封鎖を計画してるってね」
「どうして王都の封鎖を? さすがにそんなことをすれば、地方が黙っていないのでは」
「まずは王都から人が出ていくのを止めたかったのだろう。そんなことが隣国――たとえば、ヤトルカ王国にバレれば大問題だ。だが何より……大聖女が神託でそう告げたっていうのが大きいらしいな」
「国王陛下はおかしいと仰らなかったのですか?」
フェリクスが苦々しい顔をしている。ツチラトは肩を竦め、首を振った。
「もうなにがなにやらって感じだ。ただオレたち――ヤトルカ人が得てきた情報をかき集めて出した結論はひとつ。一刻も早く、王都を離れること。なるべく王家に気取られないようにな」
「だから春になってもこれなかった、と」
「ご明察! かなり時間をかけた。弱い立場のやつらから少しずつ、地方住まいの同胞や協力者の力を借りて王都を離れていった。オレたちカンティン商会が最後の脱出者だ。――ああ、商会も解散した。もう無用だからな」
笑うツチラトの顔はどこかもの寂しい。隣で静かに座っていたクラリスも、悲しげに俯いていた。
「……それで、クラリスと?」
「その件は彼女の依頼だ」
「わ、わたしが言ったの! お姉さまのところにつれていってって!」
クラリスが声をあげ、立ち上がる。驚いた顔をさせたアレクシアに駆け寄り、クラリスは彼女の手に己の手を重ねた。
「ツチラトはちゃんと言ってくれたよ! もう王都には戻れないかもしれない、お父様やお母様と、一生会えないかもしれないって! だけど私、どうしてもお姉さまに会いたくて……!」
「クラリス……大丈夫、あなたの気持ち、分かるわ……大丈夫よ、きっとまた……」
クラリスの髪を撫でながら、アレクシアは言いよどむ。しかしこの健気な妹と再会できたことが喜ばしかった。
「ありがとう、ツチラトさん……妹に会わせてくれて」
「……礼には及びませんよ。あんたたちには世話になったんだから、これくらい」
ツチラトが優しくクラリスの頭を撫でる。ようやく、部屋の空気が緩んだ気がした。
◆
沈む夕日に染まる草原を、アレクシアは見下ろしていた。
「……」
この先、遥か遠くに王都がある。既に封鎖されているのだろうか、国王夫妻、王太子ヨナーシュ、大聖女エリーズ、両親、そして民――今はどうしているのだろう。アレクシアの中で、何かがざわめいている。王都の異常では済まない、そんな考えが頭から離れない。
「私はどうすればいいのだろう」
ぽつりと呟き、己の手を見つめて考えるが、答えは出ない。
息を吐き、振り返る。
収穫を待つ金色の麦畑と、灯りのともりだした村が見えた。
風は止まない。アレクシアの頬を撫で、灰青色の髪を揺らしている。
第六十話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回で第二章の最終回です!
次回第六十一話からは最終章、最後まで頑張りますので、応援よろしくおねがいします:)




