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【最終章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第二章

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第五十九話 再会

 のんびりと(ほろ)()(しゃ)が草原をいく。

 二頭の馬の歩みはしっかりとして、車輪はがらがらと音を立てていた。

 ツチラトは()(づな)を握りしめながら、吹いてくる風にそっと目を細めた。

 秋の気配だ。ヌッツロースを訪れるのは久しい。きっとアレクシアは心配しているだろう。

 

「……ん?」

 

 前方に小さな影が見えて、ツチラトはそれを(ぎょう)()した。人影がぽつんと、(たたず)んでいる。こんなところで、と(いぶか)しがり、ツチラトは腰に下げた短剣をちらと見下ろした。

 二頭の馬も、どこか落ち着かなく、(ひづめ)を鳴らしている。

 

「どう、どう……いいぞ、ゆっくりと進め」

 

 (なだ)めながら道を進んでいく。人影はその場から動いていないようだった。野盗、もしくは旅人……警戒するに越したことはない。この馬車には大切なものを積んでいる。ツチラトはいつにも増して慎重だった。

 そうして近づいていくと、人影の姿が徐々に(つまび)らかになった。

 そして、ツチラトは息を呑んだのである。

 

 生きた人間ではない。

 

 彫刻だ。その肌は白く、硬質だった。しかし腕のいい彫刻家でも、こんなに精巧なものは作れないだろう。細部にいたるまで、まるで生きていたものがそのまま、石になったような()()()えだ。

 

 思わず、ツチラトは馬を止めた。二頭はいななき、嫌がっているようだったが(なだ)めすかし、その石像をまじまじと(なが)めた。しかし奇妙だ。何故こんなものが、原っぱのど真ん中に?

 

 それに、こんな立派な出来であるのに、この彫刻のとる格好は奇妙だった。両腕を突き出し、前へと進もうと足を半歩出している。そしてその表情! 恐怖と、混乱がありありと刻まれていて、思わずぞっとした。


 何かから必死に逃げている姿――夜にこんなものと遭遇したら、肝が冷えるに違いない。

 

「……」

 

 彫刻の足元をふと見る。ここに置かれたのは少し前だろうか?つま先は緑に染まっている。よくよく見ると彫刻の白い肌は、雨風に(さら)されたせいだろう、(いく)(すじ)かの水の跡で汚れていた。

 

「……ああ、何でも。ヌッツロースはもうすぐですよ」

 

 ツチラトは馬車に声をかけた。彫刻は気になるが、ぐずぐずしていられない。手綱を握りしめ、馬に声をかける。ようやくと言いたげに、馬たちは動き出した。

 荷馬車が去ったのち、秋の気配を運ぶ(さわ)やかな風が、彫刻の頬を撫でた。


 ◆


 小麦の収穫も大詰めを迎えている。増設した倉庫に収穫物はひっきりなしに運び込まれ、地方からやってきた商人たちは村の商人たちと話し込み、商談に勤しんでいた。彼らの間で、銀貨(ジェント)、時には金貨(アルム)が交わされている。

 

「魔獣除けの護符(タリスマン)?」

 

「ああ、まだ試作段階だ。試してみてはくれんかね?」

 

「フーム、魔獣の嫌がる匂いを染みこませた木片を持ち歩きやすく……」

 

 そういった会話をそこかしこに聞きながら、アレクシアはデルマと共に村を歩いていた。村人は皆、彼女を見かければ親しげに挨拶し、はたまた、聖女様! と声をあげた。

 

「……あれが、噂の領主サマか」

 

「そうさ。かなりのやり手だよ」

 

「うちのとすげ替えたいぐらいだな……」

 

「いかんよ、彼女はオレ達の領主さ」

 

 商人たちはひそひそと話し、冗談を飛ばしあっている。また別の商人たちは、深刻な顔で別の話題を交わしていた。

 

「王都の商業ギルド総会(オラ・アゴラ)……けっきょく、今年はやらなかったんだろ? というかここ最近、何も音沙汰がないじゃないか」

 

「そっちもか……おかげで王都からの取り寄せ品が来ないんだ。うちの領主はカンカンさ……それに、ここだけの話……」

 

「……?」

 

「夏のはじめに王都に向かったうちの商人が、戻ってきてない」

 

 相手の低い声に、商人は口ひげを指で撫でた。更に声は低くなり、彼らは話し込むようだった。

 そんな具合で、井戸広場は賑わっている。

 あと一ヶ月もすれば、収穫祭だ。アレクシアは目まぐるしい秋の日々を忙しなく過ごしていた。

 

(このまま、何事もなければいいのだけど……)

 

 ふと、そんなことを考えてしまうのは、この村を訪れる人々から伝え聞く、不穏な噂からだろう。サンクラモー地方のナザリオとは書簡を交わし続けている。彼の領主は、王都へ不信を(つの)らせる過激派を宥めるのに苦心しているらしい。

 ――それに、やはり気がかりなのは半狂乱のままこの村を去ってしまったゲルト……。

 

「アレクシア殿!」

 

 向こうからフェリクスがやってきた。何か急な用事らしく、その顔は強ばっているが、同時に喜びも混じっていた。

 

「ツチラト殿がいらっしゃいました」

 

「!」

 

 フェリクスの報告にアレクシアとデルマは顔を見合わせた。お屋敷に向かっていらっしゃいます。フェリクスの言葉に礼を言い、屋敷へと戻る。

 既にサーラが応対していて、庭先には馬車と、ツチラトが立っていた。

 

「ツチラトさん!」

 

「やあ、遅くなりました。アレクシア様!」

 

 にっと笑ってツチラトが手をあげる。冬の時よりも、()せているような気がした。それに、荷馬車も前のものより小さい。

 

「首を長くしていました」

 

「春先には来ようと思ったのですが、事情が立て込みましてね……まあ、それは後で。アレクシア様に会わせたい人がいるんです」

 

「会わせたい人?」

 

 アレクシアが首を傾げれば、ツチラトは一つ頷いた。そして馬車の荷台へと歩き、その中の誰かに声をかけた。彼が恭しく手を差し出す。

 ゆっくりとそこからおりてきた人物を目にして、アレクシアは目を大きく見開いた。

 

「……クラリス!?」

 

 現れたのはアレクシアの妹、クラリスだった。突如として姿を見せた妹は、アレクシアを見てにっこりと笑った。

 

「お姉さま!」

 

「ああ、クラリス! どうして……!」

 

 いてもたってもいられず、アレクシアは妹に歩み寄り、抱きしめた。クラリスも彼女の(ほう)(よう)を受けて、その背中に手を回した。ずいぶんと背が伸びた気がするのは、気のせいだろうか。

 

「ツチラト、どうしてクラリス様を?」

 

「……言っただろ、事情があるって」

 

 デルマの問いに、ツチラトは肩を(すく)めた。しかしその顔にはどこか影がある。

 

「入りましょう、お話はそこで」

 

 アレクシアがクラリスの手をとり、呼びかける。一同が頷き、サーラが扉を開けた。

第五十九話をお読みいただきありがとうございます!

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