第五十八話 排除
今年の白ナスの出来映えもよかった。
むしろ去年よりも更に質がいい。秋蒔きの麦もしっかりと育っていて、ずっしりと実った穂を垂らしながら収穫を待っている。
住民が増えたヌッツロースを養って、余剰分を交易に回すに充分な量は獲れそうだ。
「ここだけは土が痩せたままなのね……どうしてかしら」
村はずれの一画で、アレクシアはデルマと佇んでいた。目の前には耕された土地が広がっているが、そこかしこに枯れた植物が横たわっている。
「デルマはどう感じてる?」
「土に元気がありませんね……元気になるのを妨げられているように感じます」
デルマは目を細め、その場にしゃがんだ。土を軽く触り、眉根を下げる。
「よくないものが混じっていると言えばいいでしょうか……」
「それを無くせば、回復するかしら。井戸の水脈を塞いでいた封印みたいね」
「おそらくは……ここは村の一番外れです。外側からの影響も強い……」
デルマが立ち上がり、周囲を見渡す。アレクシアは暫く思案し、ややあって己の手を土地へとかざした。
「……やってみるわ」
ゆっくりと目を瞑り、集中する。己の中から湧き起こる力と、浮かぶ言葉を口にした。
「棄却、反逆。蘇生、大地」
ごぽ、と土から奇妙な音がした。ごぽ、ごぽ、とまるで沼地からあぶくが沸き立つような音である。それが続いたかと思えば、やがて静まった。
「草が……」
枯れて横たわっていた草が瞬く間に生気を取り戻していく様子に、デルマは軽く目を見開いた。しかしすぐに顔を険しくさせ、こめかみを揉んだ。
「土が良くなったのを感じます。しかし……」
「デルマ?」
「アレクシア様、その力――」
背後からのただならぬ気配に、デルマは言葉を言い終わらぬうちに、ばっと振り向いた。その視線の先には、男が一人立っている。
身なりはぼろぼろで、頬は痩け、その眼光は虚ろだ。その手には斧が握られていた。
「! ゲルト……?」
「アレクシア様、下がって!」
鋭い声のデルマに圧され、アレクシアは一歩後ずさりした。
デルマは提げていた剣を抜き、男――ゲルトを睨み付ける。
「……何のつもりだ、ゲルト」
「は、ひ……指示……きんきゅ……そち……」
ぶつぶつと言葉を零しながらゲルトは二人に一歩、また一歩と歩み寄る。
「デルマ、殺さないで」
「いけません。前に出ないで」
「……」
しかしゲルトの動きは定まらない。一歩歩いたかと思えば立ち止まり、不明瞭な言葉を呟いている。
「あく、ま……悪魔憑き……なんで、……排除……いど、……みず……」
「ゲルト……?」
不意な声に、アレクシアとデルマは目を見開いた。ゲルトの背後に、驚いた様子で目を見開き、目の前の元恋人を凝視するサーラがいたのだ。きっと自分たちを呼びに来たのだろう。
「サーラ! 逃げて!」
アレクシアの声に、ゲルトはぐるりとそちらを向いた。虚ろな目でじろじろとサーラを見つめたかと思えば、カッと目を見開き、ぶるぶると震える指で、彼女を指さす。
「さ、さあら? ……さ、……ら……サぁら、さああああらあああああッ!」
「っ……!?」
「サーラッ、さあぁら! うらぎりもの! はいじょ、さぁら! 排除ッ!」
喚き立てながら、ゲルトがサーラへと近づいていく。
サーラは恐怖に身体を竦ませ、向かってくるゲルトをただ見つめていた。動けぬサーラを見て、咄嗟にデルマが駆け、ゲルトを取り押さえようとする。ゲルトは斧を振り上げ――。
「ッ――!」
甲高い鉄の音が響いた。
思わず目を瞑ったサーラが、おそるおそる目を見開けば、大きな影が落ちていた。そろりと見上げる。誰かが、ゲルトと自分の間に立ち塞がっている。
「女性に刃を向けるとは!」
その声は怒気を孕んでいた。フェリクス。彼がゲルトの振り上げた斧の一撃を、剣で防いだのだ。ゲルトは一瞬怯んだが、ぎょろりと目の前の騎士を睨み上げた。
「なンだてめェッ、さーらのなんなんだ! 騎士、破門した、騎士。 さぁら、サーラ、さああら!」
「私はこの村の騎士、フェリクス・フォン・オーステン! 村の者を傷つけるならば、許さぬ!」
フェリクスが一喝し、剣を振るう。その巧みな剣術は、ゲルトの持っていた斧を弾き飛ばすに容易かった。宙を舞い、やがて地面へと落ちた斧が音を立てる。
ゲルトは慄いた眼差しで、己の手を見つめ、ぱくぱくと口を動かしていた。
「まだやるつもりなら、容赦は――」
「……ひ……妨害、……指示、遂行不可……さぁ、ら……再試行……なんで……失敗、……指示、不可、サーラ……」
「ゲルト……? どうしたの……何が……」
ゲルトの様子に、サーラは声を震わせながらも一歩歩み寄ろうとした。しかしフェリクスが彼女を守るように押しとどめている。
がく、がく、と壊れたように身体を戦慄かせ、だらしなく開かれた口から、ゲルトは言葉を垂れ流す。その顔には混乱と恐怖がありありと浮かんでいる。
「端末、なんでオレに、自立機能……、さーら、オレは――で、でり……」
「…………え……」
「処理を開始」
ゲルトの口から無機質な声が発せられた。
その瞬間、彼の身体が、まるで石と化したように硬直した。それは本人の意思ではないようで、ゲルトはその目をぎょろぎょろと泳がせながら、自分がどうなっているのか理解出来ていないようだった。
「ア……さーら、おれ、……ど、どうなて……」
殆ど、上半身は動いていない。
肌には血の気がなく、足だけがよたよたと、動くようだった。覚束ない足取りで、ゲルトは歩き出す。軋む音がしそうな、緩慢な動きで手を前に突き出しながら。
――村の外へ向かって、歩いて行く。
「げ、ゲルト、どこに行くのさ!」
「近寄ってはいけません、何かがおかしい!」
「何かの魔法? それなら――」
「駄目です、アレクシア様」
手をかざそうとしたアレクシアを止めるデルマの声も震えている。ゲルトは四人に一瞥もくれず、誘われるようにのろのろと原野を歩いて行く。
少しずつ遠く、小さくなっていくその姿に、四人は言葉を無くしていた。
「…………今のは、何……?」
か細いアレクシアの声は原野から吹く風にかき消された。
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