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【第二章完結】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第二章

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第五十六話 不信の芽

 応接間に入ると、客人は既にソファにかけていた。アレクシアを見るなり立ち上がって、深々と礼をする。身なりはよく、胸元にはサンクラモーの行政官であることを示す徽章がつけられていた。

 

「ナザリオ様、よくお越し下さいました」

「突然の訪問へのお許し、感謝します。アレクシア様……お久しぶりです」

 

 数年ぶりに顔を合わせた男――ナザリオはどこか疲れ切った顔をしていた。殆ど休みなく、ここに来たのでは無いかと考えながら、アレクシアは彼をソファに座るよう促した。

 

「アレクシア様が王都から出て行かれたと聞いたときは、いったいどうなされたのかと思いましたが……」

「……いろいろとありました。というより、もう知っていらっしゃるのでしょう?」

 

 ナザリオはこくりと一つ頷き、小さなため息を吐く。

 

「貴女が追放となった時に、早めに動くべきでした。王都も、私たちも」

「……サンクラモーは、いかがですか?」

「いいとは言えません。領主ドナト様もお心を痛めていらっしゃいます」

 

 サンクラモー領主、ドナト・アルヘンタ……領主としてはかなりやり手で、民衆の支持も厚い。

 

「何かあったのですか?」

「……魔獣です。この春になってから、魔獣の数が急増しているのです」

「春は魔獣が増える季節ですが……その程度のことではない、と」

「その通りです。私たちの騎士団の見立てでは、二倍以上に増えている」

 

 二倍以上。確かに異変だと考えていい。そんなに増えれば、民衆への被害も増えるだろう。

 

「何か、環境に変化があったのでしょうか?」

「そうですね……まだ収穫には至っていませんが、作物の異常生育が確認されています。それと……」

 

 ナザリオは一度、言葉を切った。次の言葉を迷う彼をアレクシアは黙して待った。

 

「……王都からやってきた民が……」

「そちらにも、ですか」

「やはり。王都の暮らしが嫌になって、地方に気ままな暮らしを求めてやってくる人間は少なからずいます。しかし、そういった類いの人々ではない、おおっぴらに言えませんが、明らかに逃げてきた人々です……飢えながら、魔獣に追われやってきたような……」

 

 ナザリオの声は低く、一つ一つ、言葉を選んでいるようにも見えた。

 

「ナザリオ様、私と貴方の仲です。そして私は最早王家の者じゃない」

「……アレクシア様。お心遣い感謝いたします。では、言いましょう。……王都で何か、よからぬことが起こっているのではないか、と私たちは考えています」

「……」

「逃げてきた人に事情を聞いても、理由が分からないのです。水路から異臭がする、貧民街が封鎖された、名門騎士団が破門された……何かが起きているのは確かですが、何が原因か、分からない。ただ一つ、国教会の大聖女からの神託が日ごと増えていて、それが……」

 

 ナザリオが大きな息を吐く。ひとつ、ぽつりと、独り言のように祈りの言葉を呟き、言葉を続けた。

 

「それが、支離滅裂といいますか、かなり王都の住民に負担を……」

「そもそも、大聖女の神託は……国教会にとっても王都にとってもかなり重いもの。だからこそ、神託は絶対だと言われていますが」

「そうなのです。むやみやたらに発せられるものではありません。しかし新しい大聖女が叙任されてから……ここまで混乱をきたしている。しかし、王都は……」

 

 口を引き結ぶナザリオにアレクシアは首を傾げた。そういえば、と思い至り、問う。

 

「王都へ何か働きかけは? 私の立場では直接そうすることも出来ないのですが……王家に連なる方であるドナト様なら問題は……」

「無論、既に。しかし王都からは……問題ない、と。王都は水質の悪化については目下調査中、民の流出も一時的なものであり、すぐに解決するとしか……」

「……問題なし、だなんて」

 

 信じられないとアレクシアが首を振る。自治の傾向が強いサンクラモーでさえ、王都に働きかけているのだ。それを無視するのは、寧ろ何かが起こっている証左になりかねない。

 

「他の領主たちとも連絡を取り合っていますが、皆概ねそのような返答をされたと。……しかしこのまま続けば、こちらの負担も大きくなります。ドナト様は……動き出す判断を下されました」

「……」

 

 アレクシアの顔が曇る。ナザリオの言葉に不穏なものを感じ取ったからだ。

 

「アレクシア様がご心配されていることは、すぐには起こらないでしょう。しかし、地方の領主も全てが王家に忠誠を誓っているというわけでは無いのはご承知のとおりです。……この混乱が続けば……」

「王国全体が、乱れる」

「……ドナト様は、アレクシア様と同じくそこを憂えてらっしゃいます」

 

 重たい沈黙が応接間を包んだ。ナザリオは軽く俯き、出された紅茶を睨み付けている。

 

「ドナト様は何を求めて、ここにあなたを?」

「あの方が求めているのは、まずは横の繋がりです。味方は出来るだけ多い方がいい……勿論、兵を出せだとか、そういうものでは無いことは確かです。何かあった時、民が苦しむ事態は避けたいのです」

 

 ナザリオは懐から書簡を取り出し、二人を挟むローテーブルに置いた。サンクラモー徽章の封蝋がついたそれをじっと見つめ、アレクシアは手に取った。静かに開き、それを読む。

 

「……お返事は明日までお待ちいただけますか?」

「勿論です。今すぐ、全てを決めてほしいわけではありません。まずは、ご縁をどうか」

 

 頭を下げるナザリオに、アレクシアは曖昧に頷いた。ぼん、ぼん、と時計が鳴り、夕刻を示す。書簡を懐に、アレクシアは立ち上がった。

 

「ナザリオ様もお疲れでしょう、ご一緒に夕食はいかがですか?」

「ありがたい。よろしくお願い致します」

 

 控えていたデルマに指示すれば、彼女はすぐに動いた。こちらへ、ナザリオを(うなが)せば彼も立ち上がり、応接間を出て行く。


 ――……地方でも魔獣が増えている。王都は問題なしと言っているけど、神託は増えている。


 執務室に入り、アレクシアは書簡を机に置いた。平和だった王国が異変により揺らいでいるのは確かだ。王家はどうするつもりなのか。

 

「クラリスは……大丈夫かしら」

 

 ツチラトに便りを頼んだ、王都で暮らす妹を思う。ツチラトはこの春になってから未だ、村に来ていない。

第五十六話をお読みいただきありがとうございます!

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