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【第二章完結】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第二章

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第五十五話 薫風吹く村

 天井に吊るされたナゲキハスが、温かな湯を雨のように降らせている。

 それがアレクシアの灰青色の(つや)やかな髪と、白い肌を()らした。鼻歌交じりに身を(きよ)め、ヌッツロースの女領主はつかの間の()()みを楽しんでいた。


「お身体を」

 

 湯浴みの間から出れば、デルマが待ち受けていた。

 彼女はアレクシアの濡れたままの身体を柔らかな(よく)()で包み、丁寧に拭いていく。その役目は長年、デルマだけが任せられていた。

 

 主人の身体が冷えないように、しっかりと肌と髪の水気をとっていく。侍女の(うやうや)しい手つきを浴布越しに感じながら、アレクシアは今日のことを考えていた。

 

「今日は朝から村を見て……そう、新しく(かい)(こん)した畑。ちゃんと作物が育っているか見なきゃ」

「朝食を召し上がってからです」

 

 分かってるわ、とほんの少し拗ねたような声に、デルマが笑う。手早く、だがしっかりと乾かした髪に(こう)()をつけはじめれば、アレクシアはあら、と小さく首を傾げた。

 

「新しい香油ね?」

「ええ、ドリアード様から賜ったヴェルヴェーヌ……その種から育ったものから作ったそうです。うちの庭では育てきれないほど種がとれて、村の者に分けてやったこと……覚えていますか?」

「ええ、(もち)(ろん)よ」

「春先に()いたそれが、かなり育ちました。今や畑一面です……なので、ハーブティーや香油にしようと村の者が考えているようで……アレクシア様に試作品をと、今朝がた」

 

 すん、とアレクシアが鼻を鳴らす。(かん)(きつ)に似た(さわ)やかさと、柔らかで優しい香り。今からの季節にぴったりだろう。アレクシアはすっかり気に入ったようだった。

 それだけではない、ヴェルヴェーヌの香油は、アレクシアの灰青色(ブルーグレー)の髪をいっそう輝かせた。指通りよくなったそれにデルマは満足げに頷けば、畳まれた新しい下着を(かご)から取り出し、アレクシアに差し出した。


 朝食を終え、アレクシアは村に出た。彼女を見かけた人々は口々に挨拶をし、最近の出来事や困りごとを彼女に語った。アレクシアは彼らの言葉にひとつひとつ耳を傾け、持っていた手帳に書き留める。それがヌッツロース領主、アレクシア・デュランの日課だった。

 

「香油! どうでしたか?」

「今日デルマがつけてくれたの、凄く気に入ったわ……! あの、もし商品にならなくても、個人的に注文してもいいかしら……?」

「あんたがこんなに気に入ってくれるなら、人気商品間違いなしですよ! 心配には及びませんって!」

 

 朗らかに笑いながら答える村人――ソッチに、アレクシアも思わずくすくすと笑う。それを見ていた他の村人も丁度いいとアレクシアに、畑や、家畜のことで相談があると声をかけてきた。――と、そこへ。

 

「せ、聖女様……!」

「聖女さまだ……我々の救い主さま……!」

 

 アレクシアを見かけ、聖女様だと声をあげたのは、春に流れ着いてきた王都からの人々だった。放浪の末にこの村に辿り着いた彼らも、今ではその手に(くわ)を持ち、この村の生活に慣れ始めているのだが、彼らはアレクシアを頑なに聖女と呼ぶのだ。

 

「……こんにちは、暮らしは如何ですか?」

「ああ……聖女様……私たちのような者どもに声をかけてくださる……あなたのおかげで、我々は新しい土地を得て、暮らすことができています……!」

「聖女様……ありがとうございます、どうか我々の罪を、貴女を追放した王都に住んでいた我々をお許しください……!」

「いいえ、あなた方は罪など犯していません。私は王都にも怒っていないわ……だから、あなた達にはこれからもこの村の住民として、(すこ)やかに暮らしてほしいのです。私はそれで充分ですから」

 

 アレクシアは、一人の震える手をとり、己の手のひらをそっと重ねた。すると彼はびくりと肩を震わせ、涙で頬を濡らした。そのまま呆然と頷き、去って行った。

 

「……王都の人ってのは、大げさですなぁ」

「皆、それだけ苦しんだのよ……きっと時間が解決してくれるわ」

 

 彼らの背を見送りながら、ソッチはやれやれといった様子で肩を(すく)めた。アレクシアは複雑そうな顔で答え、それから(かす)かに息を吐いた。

 

 ――王都から流れ着いた人々は、己を聖女だという。

 

 それが、アレクシアには複雑だった。

 手のひらを返されたことが、ではない。アレクシアは、自分を聖女だとは思っていなかった。祝福の力を取り戻したあとも、それは変わっていない。ただヌッツロースを預かる領主。それだけが己の立場だ。……(あが)められるような人間じゃない。

 

 村人たちと別れ、村を散策する。道中、サーラと出くわした。そういえば今日はお休みだったわね、と思い出す。サーラは一冊の本を腕に抱え、小さな籠を下げていた。

 

「お出かけ?」

「う、うん、えっと……鍛錬場!」

「? 鍛錬場?」


 騎士団の鍛錬場にどうして、と言いたげなアレクシアに、サーラは少しはにかんで答える。

 

「フェリクスに騎士物語の事を教えてもらうって約束したんだ! この前、あいつが屋敷に来たときに……」

「ふふ、良い休日ね」

「夜には帰るよ!」

「ゆっくりでいいのよ? ……フェリクス様によろしくお伝えしてね」

 

 じゃあね、と元気よく走って行くサーラを見送る。彼女も(ずい)(ぶん)と明るくなった。人見知りだったなんて、信じられないくらいだ。

 

 ――平和ね。

 

 春の陽気も手伝ってか、良い気分だ。新しい畑も確認したが、問題はない。流れ着く人々の数も、落ち着いてきた。あとは時間だ。新しい住民も少しずつ慣れて――。

 

「アレクシア様」

「? どうしたの、デルマ」

「お客様がお目見えです」

 

 デルマの顔は少し(こわ)ばっていた。ただならぬこと……アレクシアは察して、デルマに歩み寄った。

 

「誰?」

「……サンクラモー地方の行政官、ナザリオ様です」

 

 デルマが告げた名前に、アレクシアは目を見開いた。すぐに戻るわ、と頷き、足早に来た道を戻った。

第五十五話をお読みいただきありがとうございます!

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